My sweet baby 3

 新しく作った曲に歌詞をつけるのに、何か参考にする本はないかと、義光が放課後の図書室を訪れた時のことだ。
「O・ヘンリー集だね。君が読書家だなんて知らなかったな。ええっと…… 小笠原、君?」
 整然と並べられた本の列から目についた背表紙を抜き取り、棚の前で立ったままページを捲っていた義光は、名前を呼ばれて顔を上げた。
 左隣に、銀縁の眼鏡をかけた新任教師が立っていた。
 広げた両腕から零れ落ちそうなほど本を抱えた教師は、背の高い義光を見上げていて、目が合うとにこっと笑う。
「赤の他人のために雨の中わざわざ絵を描きに出て、自分が病気に罹って死んじまう奴って、どんな間抜け面してるのかと思って」
「『最後の一葉』か。君はまた情け容赦ないことを言うんだな。そこは主人公のとった行動に、感動するべきところだろう」
「ただの自己満な行動に? なんで?」
「いや、それは……」
 元より大人から明確な答えが返ってくることなど期待していない義光は、口籠ってしまった教師が抱えたままでいる重たそうな本の山の、上から三分の二ほどを持ってやりながら別のことを訊ねた。
「それより先生、ここでなにしてんの? 俺の名前、教えたっけ?」
「ああ、ありがとう」
 たった今皮肉交じりに辛辣な言葉を発した生徒がとった、思いがけず親切な行動に面食らった様子をみせながらも、教師は礼を言う。
「僕は部活動の顧問を引き受けていないからね。放課後の暇な時間に図書室の本の整理をするように、校長先生に頼まれたんだ」
「あの校長、人使い荒いからな」
「こら、校長先生の悪口を言ってはいけないよ」
 慌てた教師に窘められても、義光は平然としている。
「先生も人がいいね。嫌なら嫌って言えばいいのに。放課後本当は忙しいんじゃないの、例えば全校生徒の名前を覚えるのとかで」
「さすがにひと月じゃ、全校生徒は無理だよ」
「ブッ」
 教師の生真面目過ぎる返答を聞いた義光は、つい吹き出してしまう。
「もしかすると…… お、大人をからかったな」
 頬を赤らめ、むきになって抗議する教師を一旦可愛らしいと思ってしまうと、義光の笑いはなかなか止まらない。
 くつくつと笑い声を押し殺す代わりに、楽しげに肩が揺れた。




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あきゅろす。
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