花集ウ 42

「やだ」
「なに!? 亮太、今なんつった。もう一回言ってみろ!」
 気色ばむ小笠原に、怒鳴られた亮太ではなく、川平達が震えて身を縮ませた。
 正座している三人の真後ろでは、マエハラサンが再び突っ伏し丸くなっている。
 途中で首に巻いていたストールを剥ぎ取り、上着を脱ぎ捨てた彼は、裸の上半身に肩からタオルを被せられた、演奏の興奮冷めやらぬ格好をしていた。
 そんなマエハラサンを支えるように、亮太と晴は左右に別れて座り、小笠原を見上げている。
「義光、怒鳴るのは止めて。亮太、アンタ何か言いたいことがあるんじゃないの?」
 高遠はバンドリーダーらしく小笠原を諌めると、次に亮太に問いかけた。
「うん、あのさ。俺がこないだ作った曲、あるだろ?」
「ええ。アンタのギターソロばっかりのやつね」
「それ。それをさ、ベースのパートも作って、このお兄さんと合わせてみたいんだけど…… ダメ?」
「楽譜は誰が起こすのよ? アンタ、ベースの音譜も書くの」
「それはこのお兄さんがやる」
 亮太はマエハラサンを掴んでいる腕に力を込めた。
「そいつに曲が書けんのかよ」
 すかさず小笠原が意地悪く横から口を挟んだが、亮太は気にした様子もなく続けて言った。
「さっきのクイーンのベース、俺の聞いたことないアレンジが入ってた。咄嗟の思いつきで弾いたようには見えなかったから、このお兄さんが書いた譜面があると思う」
「この子の言ってることは正解なのかしら、マエハラサン?」
 高遠は確かめるために彼を見た。
 ところがマエハラサンは、シートに伏したまま返事をしない。
「マエハラサン。人と対面している時は、まず顔を上げなさい」
 高遠が静かに、しかし彼にしては低い声で一言づつ区切るように強く言うと、
「……はい」
 マエハラサンは素直に顔を上げた。
「うっ」
 のだが、今まで泣き崩れていた彼の顔面は涙と鼻水まみれの醜い有様で、この世の美しいものを愛してやまない高遠を黙らせるのに、威力は充分すぎるほどだった。
「ええ、そうね…… マエハラサンが良いって言うなら、やってみたらいいんじゃないかしら? 丁度夏休みだし、時間はたっぷりあるものね。 ……あら、嫌だわ! わたしったら、お客様に飲み物もお出ししてなかったわ。ちょっとひとっ走り、買ってくるわね」
「お、おい、タカ」
 小笠原の制止もきかず、嫌だわ嫌だわとひとり呟きながら、そそくさとその場を離れていく。




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