「前から二番目、出だしが早い!」 「そこ、左右対称になってないっ!」 「周りを良く見てー、笑ってー!」 「腕はもっと高く!」 「晴、足上げすぎ。隣に合わせろっ!」 「顔は前ぇー」 「ギター亮太、左に寄るな。踊りの邪魔っ!」 「みんなー、え、が、おーっ!」 次から次へと、先生の注意が飛ぶ。 CDの大音量に負けてはいない先生の大声に圧倒されて、僕は呆然とダンスの稽古を見続けていた。 「よし、今日はここまでにしようか」 シロウ先生がにこやかな笑顔で稽古終了を告げたのは、午後七時を少し回った頃だった。 「ありがとうございましたぁ……」 挨拶だけきちんと済ませると、女子高生達は声もなくその場に崩れ落ちる。 総勢二十名のお姉さま達は、皆さん何らかのダンス経験者なんだそうだ。 それが今は潰れたカエルのように、コンクリートの床に這いつくばっている。 「ジャージが緑だったら、もっとカエルっぽかったのに」 とは、口が裂けても言えませんけどね。 それはそうと、松浦は…… どこだ? アイツには、いろいろ訊きたいことがある。 今日のことを僕はお義兄さんの手伝いというだけで、他には何も聞かされていなかった。 こういう時、口下手なヤツは始末に悪い。 たかが高校の文化祭で演奏するロックバンドが、何故こんなに広いスタジオで練習しているのか。 どうして歌の振り付けに、プロのダンスの先生が教えにくるのか。 何故あんなにも素人離れした上手さなのか。 音楽に疎い僕でさえ、彼らが普通の高校生バンドではあり得ないくらいレベルが高いことは分かる。 明日なんて、何とかいうビデオ制作会社がここの練習風景を撮影しに来るらしいし。 何より一番の疑問は、松浦が描いていたスケッチブックのことだった。 いた、松浦。 彼はさっきと変わらず、後ろの観客席に座っていた。 まだ舞台下にいた僕は、早足で彼に近づいていく。けれど丁度半分まで行ったところで、立ち止まった。 何故なら…… 何故なら、それは。 たぶん普段から定位置にしている一番上の彼の席の隣に、お義兄さんが座っていたからだった。 お義兄さんは疲れたのか、松浦の右肩に自分の頭をチョコンともたせかけて、目を閉じていた。 松浦はそんなお義兄さんを穏やかな優しい顔で見下ろしていて、耳元に何かを囁いている。 それを聞くとお義兄さんは目を閉じたまま口元だけを綻ばせて、フフッと笑った。 お義兄さんが笑うと松浦はとても嬉しそうにして、遠慮がちに自分の頭をコツンと、お義兄さんの頭にくっつけたんだ。 僕が初めて見る、松浦の無防備で寛いだ顔。 兄弟、じゃないよね。 あれはそう、まるで。 恋人同士みたい。 そう思ったら胸がキュッと苦しくなって、それがどうしてなのかは分からなかったけれど。 まるで映画の中のワンシーンのような二人を遠くに眺めながら、僕は暫くその場に立ち尽くしていた。 |