ふと目が覚めた。 間もなく明け方だろうと思うのだが、カーテンの隙間から覗いた外の様子がまだ暗かった。 義光は被っていた布団をそっと剥ぎ取り、ベッドからゆっくり身を起こすと、床に足をつける。 何も敷かれていないフローリングの床は冷えきっていて、まるで足裏に氷を押し当てたようだったが、思わず身震いしそうになるのを辛うじて堪えた。 今ここで下手に動くと、抜け出たベッドの中に残って安らかな寝息をたてている恋人に、 「ゆうべは煩くて眠れなかった」 と、文句を言われることが必至だったからだ。 そのまま爪先立ちで寝室を出、隣のリビングルームへ移動する。部屋の灯りは点けなかった。 リビングの奥に小さなキッチンがある。 恋人の住んでいるアパートの二部屋しかない間取りを熟知している義光は、暗闇の中を容易にキッチンまで辿り着くと、換気扇のスイッチを入れた。 彼がこの部屋で煙草を吸う時は、換気扇の下でというのが暗黙の了解だ。 それでも煙草の匂いを嫌う恋人はあまり良い顔をしないのだが、禁煙する気など毛頭ない。 カチリとライターの火を点けると、立ち昇った炎がやけに眩しい。 暗がりに慣れた目を瞬かせながら、義光は低く唸るファンに向かってフーッと、煙を吹きかけた。 **** 何本目かの煙草に火を点けた時、恋人が寝室からノソリと出てきた。 無言のまま即座にテレビの電源を入れるのは、この人の毎朝の習慣だ。 『おはようございます』 どれも似たり寄ったりの朝の情報番組の中で、今一番人気があるという女性リポーターの華やいだ声と軽快なBGMが、静かだった部屋に響いた。 義光が画面に目を向けると、今日の天気を伝えるために彼女が立っている中継地の景色が、既に明るい。 「おはよ」 ぼんやりしたままテレビ画面をみつめている恋人に声をかけ、部屋のカーテンを開けた。 「コンビニのサンドイッチあるけど食べる? この家の冷蔵庫、何にも入ってねえんだもん、俺さっき買ってき……」 「小笠原」 自分を遮った固く低い声にイライラとした感情が混じっていることに気がついた義光は、黙って恋人の次の言葉を待つ。 「煙草は止めろと言っているだろう」 「ああ。うんまぁ、そのうち……」 寝起き直後の機嫌を刺激しないよう適当に相槌を打ったのだが、それでも恋人のイライラは治まらないようだった。 |