七夕 終

 オガ先輩は改札の外に置いてあるジュースの自動販売機の横の壁にもたれ、長い足を組んで立っていた。
 先輩も晴さんや松浦と同様見映えがするので、立ち姿は写真撮影中のモデルのようだ。
 実際に少し離れた場所から、女子高生が囁き合いながらオガ先輩に視線を送っているのが見える。
「祐一!」
 彼女達の視線に気づいていない(或いはオガ先輩のことだから、知っててわざと無視している可能性もあるんだけど)先輩は、僕が改札口に姿を現すと、ホッとした様子で名前を呼んだ。

 そうか、僕が下りていくのが遅くなってしまったから、心配させてしまったかも。

「先輩すみません、お待たせしちゃって」
 オガ先輩が名前を呼んだ相手を、興味津々で眺めてくる女子高生達。
 しがない一般人の僕には、彼女達の視線を跳ね返す力はない。
 突き刺さる視線がとても痛い。
 でもオガ先輩の恋人になるには、こういうことにも慣れていかなければいけないんだよね。
 何だか無理なような気もするけれど、できることからやってみよう。

 僕はさっき上のプラットホームで見た晴さんと松浦を思い浮かべ、オガ先輩の手を取ろうと自分の片手を伸ばした。
 映画のようにとはいかないまでも、これくらいならできそうな気がしたんだ。
 ずっと胸がドキドキ鳴りっぱなしなのと、他人に見られている慣れない緊張で顔が強ばる。
 松浦の手を握った晴さんは、にっこりと微笑んでいた筈だ。
 そう、何気なくさりげなく、にっこりと。

「うへ、うへへへへ」

 ち、違う!
 こんなんじゃないっ!

 改札機の前まで出迎えてくれたオガ先輩が、訝しげに僕を見ている。
 僕は焦った。
 焦ったついでに一気に階段を駆け下りたツケが今頃やって来て、改札機を抜けたと同時に足がもつれてけつまずく。
「あっ」
「祐一!」

 ばふんっ!

と音がして、手を取る筈があろうことか、つまずいた僕を抱き止めてくれた先輩の胸に勢いよく飛び込んでしまった。
 胸に顔を埋めたまま固まった僕に、オガ先輩が言う。
「あれ祐一ってば、意外とだいたーん。ま、俺的にはチョー嬉しいけど」

 固い骨張った感触の、僕をすっぽりと包んでいるオガ先輩の広い胸。
 お陰で周りは何にも見えなかったけれど。
 きっと僕達は今、注目の的だろう。

 そう、注目の……

「ギャア〜〜〜!!」



 七月七日。
 今日は生憎の雨。
 七夕のこの日、午後四時のT駅構内いっぱいに、僕の長い雄叫びがこだまして、消えた。


2010.07.20
改訂 2011.05.18
再改訂 2012.12.24



*何でいつもこうなるのかな、祐一君?
でも彼には、ずっとこのままでいて欲しい気もします



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あきゅろす。
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