***** 車内アナウンスがT駅到着を案内して間もなく、電車が大きな音をたてて駅に滑り込む。 僕はドアが開くと同時にプラットホームに降り立った。 車内を振り返り、 「松浦、ありがとう。また明日ね!」 と、彼に手を振る。 松浦もドアのステップに足を掛けながら、ああ、と手を上げた。 「慌てるな。危ないぞ」 松浦も大概心配性だ。 「大丈夫!」 僕はくるりと身を翻すと、改札へ下りる階段を目指して走り出した。 階段を下りた所で、オガ先輩が僕を待っている。 午後四時の町の中心にある大きな駅は、人で混雑していた。大勢の人が電車に乗ろうと、幅の広い階段を上がってくる。 その中に見慣れた姿をみつけた僕は、慌てて駆け寄った。 「晴さん!」 「ユウイチ!」 「仕事、終わりなんですか?」 「うん。今日はもう帰っていいって。雨だから、お客さん少ないんだ」 「そうですか、お疲れさまです。僕は、ええっと、その……」 本来なら僕もこの駅で電車を乗り換えて、晴さんと松浦と一緒に自宅へ帰ることになる。 今日僕だけこのT駅で降りるわけは…… ええっと、その…… プラットホームを走ってきた勢いが衰えず、目の前で足踏みしながら理由を言い淀んでいる僕に、プッと晴さんが吹き出した。 「いいから早く行ってあげなよ。下でお待ちかねだぞ」 あれ、晴さん知ってるのかな。僕がオガ先輩と待ち合わせしていること。 「オガ先輩ってば“エメラルド”から駅まで俺の後ろをついてきてさ。その間ずっと、ソワソワソワソワ。もう、可笑しいったらないよ」 我慢しきれなくなったらしい晴さんは、クスクスと笑い出す。 「今のユウイチと一緒だね」 「えっ」 僕の足踏みをじっとみつめて、晴さんの笑いは止まらない。 「じゃあね、ユウイチ。また今度、詳しい話聞かせろよ。絶対だよ!」 「あ、はい!」 僕の返事を聞いた晴さんは満足気に微笑むと、S駅へと彼を運ぶ三両編成の赤い電車に向かって歩き出した。 彼の明るい笑顔と颯爽とした歩き方に暫し見惚れて目で追っていると、先に乗り換えの赤い電車に乗り込んでいた松浦が、ドアまで晴さんを迎えに出てきたのが見えた。 二人はみつめ合ったまま何か少し言い交わしてから、松浦の差し出した手を晴さんがさりげなく取って、電車のステップを上がっていく。 まるで映画のワンシーンを見ているようだった。 ほらね、彼らの周りにいる人達も、チラチラと遠慮がちに二人を見ている。 松浦は転入したての小学生の頃、無表情で全く笑わなかった。 僕は子供心にとても気になって、松浦に随分と要らぬお節介を焼いたかもしれない。 それが中学高校と進むうちに少しずつ彼の笑顔が増えていき、最近では驚いたことに、声を上げて笑うようにもなった。 もう僕が彼に、あれこれと世話を焼く必要も無い。 晴さんの手を握った松浦の蕩けるような笑顔を見届けると、僕は何だか安心して、オガ先輩が待っている改札を目指した。 「すみません、ちょっとごめんなさい」 晴さんと上のプラットホームで少し喋っていたから、同じ電車に乗っていたお客さん達は先に行ってしまい、幅広の階段を下りていくのは僕だけだ。 下から上ってくる人の波を掻き分けて、僕はひとり階段を下りる。 息が切れる。 ここの階段って、こんなに長かったっけ? 三分の二ほど下りると改札が見えてきて、その先に立っている男の人の足が見えた。 オガ先輩だ。 僕はドキドキしながら、残りの階段を一気に駆け下りた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |