七夕 6

「もしかして、お昼に小谷にあんなこと言ったのって…… わざと?」
「義光さんも大変だ。見ず知らずの高校生にまで、牽制をかけないといけない」
「け、牽制って。もしかしてオガ先輩、小谷のこと知って……!」
「いや、知らない筈だ。オレは言ってない」
「そうなんだ」
 ホッと胸を撫で下ろした僕に、松浦は今度こそ呆れて低く呟く。
「全く、そんなところまでハルに似ていなくても」
「晴さんが、何?」
 よく聞き取れなくて松浦を見上げた僕に、彼は真顔で言った。
「今井、もう少し自覚を持て。それでは義光さんの身が持たない」
「どういうこと?」

 僕にはさっぱり分からない。

「どうして義光さんがわざわざあんな大勢の前で、お前に告白したと思ってるんだ」
「ええっと、それは…… 先輩が派手好きだから?」
 松浦は真剣に驚いたようだった。
 それから苦い薬を飲んだ後のような顔をして、
「違う。“エメラルド”に出入りしている人間でお前を狙っている奴らを、全員まとめて追い払うためだろ。お前があの小笠原義光の恋人なら、誰も簡単には手を出せない」
 僕にも分かるように、直接的な言葉ではっきりと言った。
「はあ!?」
 彼のとんでもない言葉に、僕はここが公共の場であることも忘れて、つい大声を上げてしまう。

 僕を狙っている…… 手を出すって、何!?

 僕はもう一度松浦に取り縋る。
「ま、松浦っ。どうしてそんな怖いこと、言うの!?」
「お前に自覚が足りないからだろう。今井お前は、自分がどれだけ人を癒すことができる存在か全然分かっていない。男は皆、誰かに癒しを求めるものだ。お前がそれでは、義光さんも気が気ではない」
「癒しって、まーたまた。晴さんじゃあるまいしそんな冗談……」

 僕は見た目も中身も普通の、目立たない高校生だ。
 それほど不細工ではない筈だけど、残念なことにそれほどカッコよくもない。
 晴さんみたいに見た目が綺麗で歌が上手ければ、目で見て耳で聞いて癒されるのも分かるけれど、そんな冗談……

 僕を見下ろす松浦の真剣な顔。
 この男らしい整った顔をした生真面目な僕の幼馴染みは、冗談が言えない。
 僕は悟った。
「冗談じゃ、ないんだね」
 松浦からは無言の肯定が返ってくる。
 でもそんなこと急に言われても、僕はどうしたらいいのか分からない。

 狙われているって、何か怖いことをされたりするんだろうか?

 すっかり意気消沈して、鞄を胸に抱え直し下を向いてしまった僕に松浦は、
「今井、大丈夫だ」
と言う。
「悪い。オレは今井を怖がらせるために言ったんじゃない。お前には義光さんがついている。今日だって、その場にいなくても小谷を追い払った」
「あ……」

 オガ先輩のメールには、何て書いてあったっけ?
 そう、
[あなたの彦星より]
 だ。

 いつも僕をからかって遊んでいるように見えるオガ先輩だけど、案外本気で言ってるんだろうか。
 会えなくても、いつも僕の傍にいると。
 今日は雨が降ってしまったから地上にいる僕からは見えないけれど、実際には雨雲の上にある天の川の中に浮かんでいて、いつも光っているアルタイル―― 彦星のように。

 オガ先輩は、僕の彦星。

 そう理解できたらカーッと一気に顔が熱くなり、心臓がバクバク鳴り出して止まらない。

 し、心臓止まれ、止まれ!
 いや、止まったら死んじゃうけれども。

「やっと分かったのか」
 耳まで真っ赤になった僕を見下ろして、松浦は今度は男前に笑った。






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