むーん、と唸って黙り込んでしまった僕に、オガ先輩が笑ったまま言う。 「祐一お前、今日は何時に帰れるの?」 あ、お前って言った。 オガ先輩と喋ると、最近はこんなちょっとしたことがとても嬉しい。 だから僕はすぐに機嫌を直して、答えるんだ。 「テスト前で学校が終わるの、いつもより早いんです。四時にはT駅に着くから“エメラルド”に寄ってみよう、かな…… なんて……」 ず、図々しかったかな? 調子に乗って言ってしまったけれど話している途中で不安になってきてしまい、終わりの方はごにょごにょと口ごもる。 レストランの夜の部の開店直前に顔を見に行っても、準備で忙しい先輩には迷惑だよね。 僕だって同じレストランでアルバイトしてるんだから、分かっていることなのに。 「す、すみません先輩。今の、無しで」 「四時か。三十分ぐらいなら時間あるな」 僕の言葉は聞こえなかったんだろうか? オガ先輩は続けて言った。 「お前、T駅で降りてこいよ。三十分顔が見れる。その後送ってやれないのが心残りだけど」 レストランはT駅のすぐ傍にある。 そしてT駅は、僕が毎日利用する乗り換えの駅だ。 「え、でもそれじゃあ、オガ先輩が凄く慌ただしいんじゃ……」 「俺に遠慮は無しって、いつも言ってるだろ。我慢してないで、もっと我が儘を言って欲しい」 「はい、すみ……」 「すみませんも無し」 うっ、僕の口癖を先に封じられてしまった。 それならと、 「オガ先輩。あの、ありがとう」 と言ってみる。 すると、電話の向こうで一瞬息を呑んだように間が空いた後、 「どういたしまして」 返事が返ってきた。 僕は嬉しくなって、クスクスと声を殺して笑う。 教室の中にいる松浦と小谷には聞こえないように。 「祐一」 「はい」 「じゃあ四時に、T駅で」 そうか、もう電話は切らないと。お昼休みが終わってしまう。 先輩も出掛ける支度があるだろうし。 「はい」 僕がした返事が名残惜しそうに聞こえてしまったのかな、オガ先輩がもう一度僕の名前を呼んだ。 「祐一」 「はい」 「好きだ」 「はい。……えっ?」 うっかりそう答えてしまった僕の耳に、チュッと聞き覚えのある音が響いて、そして電話は切れた。 ***** 「松浦。僕T駅で降りるから、先に帰って」 学校の最寄り駅から帰りの電車に乗り込んで、僕は松浦に言った。 「義光さん?」 「……うん」 「分かった」 は、恥ずかしい、改めて訊かれると。 でも松浦はオガ先輩と僕とのことを最初から全て知っている、唯一人の人間だ。 彼はオガ先輩とも仲がいいし。 いちいち説明しなくても、一言二言の短い言葉だけで分かったと言ってくれるこの幼馴染みを、僕は随分頼りにしていた。 いつもより早い時間の帰りの電車の中は空いていた。 僕は松浦の隣に座って、鞄をギュッと抱え込む。 恥ずかしいので、目線は足下へ。 ……ん? 何かこの状況、前にもあったような。 「ねぇ松浦、訊いてもいい?」 暫くして、僕は思い切って松浦のいる右側に顔を向けた。 すると松浦も、僕を見下ろしてくる。 彼は僕がオガ先輩から告白された時“エメラルド”にいた。 というか、松浦はあの時名前を呼ばれて後ずさった僕を、オガ先輩の前に突き出した張本人だ。 だからって、仕返しのつもりじゃないんだけど。 [*前へ][次へ#] [戻る] |