七夕 3

[祐一、勉強頑張ってますか? あなたのことだから、無理をしていないかと心配です。徹夜をしては駄目ですよ。今日は七夕だけど、雨が降っているから織姫と彦星は会えませんね。まるでどこかの二人のようです。ざまーみろと思いながら仕事に行ってきます。  あなたの彦星より]

「……ブッ」
 オガ先輩からのメールを読んで、思わず吹き出してしまう。

 あなたの彦星って…… あなたの彦星って、何!?

 確かにオガ先輩は、痩せてて背が高くてハンサムだけど。
 ここはツッコんでいいところだよね?
 それに、この他人行儀な言葉遣いは?
 オガ先輩からのメールはいつもこんな感じだけど、実際の先輩が喋る言葉は物凄く汚い男言葉だ。
 そう思ったら先輩に会いたくなってしまった。
 直接会って話がしたい。
 あなた、ではなく、
「祐一、お前なー」
と、いつもの口調で僕を呼んで欲しい。
 『付き合う』ことになってから分かったことなんだけど、僕とオガ先輩が二人きりで会える時間は全くと言っていいほど無かった。

 オガ先輩はミュージシャンだけど、音楽の仕事で貰えるお金はほんの少しだ。
 月の収入は、僕が貰うお年玉の合計よりも少ないだろう。
 それも毎月あるとは限らない。
 それで普段は所属している芸能プロダクションの社長であり、オブシディアンのキーボード弾きでリーダーでもある、高遠先輩のお父さんが経営するレストラン“エメラルド”でバーテンダーとして働いている。
 そうここは、僕が先輩から告白されたレストランだ。
 バーテンの仕事は午後五時から午前一時まで。
 その後片付けが終わってから、レストランの向かいにある練習スタジオでドラムの練習をしたり曲を作ったりして、寝るのは多分朝の六時頃だ。
 その時間、僕は登校途中の電車の中。
 高校生の僕とは真逆の生活スタイルで、そしてお昼に起きてメールをくれる。
 学校の昼休みに合わせてメールを送ってくるから『付き合う』以前より、睡眠時間は減っているんじゃないだろうか。
 レストランの仕事が休みの日でも、オブシディアンの活動がある。

「無理をしているのは、オガ先輩の方じゃないのかな?」
 先輩と同じ機種で色違いの、白色の自分の携帯電話を相手にポツリと呟きながら、メールの返事を打つ。
 一言だけ、

[会いたいな]

と。

 オガ先輩からの返事はすぐに来た。
 しかもメールではなくて電話だ。
 僕達の学校は、携帯電話の使用が休み時間に限り認められている。
 ただし当然のことながら、着信音とバイブレーターの振動は消してあるわけで。
 思ったままを返信してしまったけれど、会えない人に会いたいと言ってはいけなかっただろうか?
 ピカピカと無言で光る携帯の画面を数秒見つめ、これが電話であることを何度も確認してから、僕は恐る恐る通話ボタンを押した。
「も、もしもし?」

 ギャッ、声が裏返ってしまった!

「祐一、今電話大丈夫か?」
「あ、はい。お昼休みだから大丈夫です」

 わー、久しぶりに聞いた、オガ先輩の声。
 先輩はドラムを叩きながらバックコーラスも務めるから、低いけれどとても聞き取りやすい声をしている。

「祐一」
「はい」
「俺に会いたいって?」

 ……どうしよう。
 やっぱり僕が我が儘を言ったから、呆れて電話してきたんだ。

「いえ、違うんです。すみません、あの……」
「あれ、会いたくないの?」
「……っえ? いえ、あの」
 どう言ったらいいのか分からなくてしどろもどろになっていると、電話の向こうでくつくつと笑う声が聞こえた。

 もしかして…… もしかしなくても、からかわれた?






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