七夕 2


 晴さんと小笠原先輩―― 僕はオガ先輩と呼んでいる―― の職業は、ミュージシャンだ。
 “オブシディアン"という名前のロックバンドで、晴さんはボーカル、オガ先輩はドラムスをしている。
 まだインディーズのロックバンドなんだけど、僕達の地元ではかなり有名で人気があって、最近はCDの売り上げも好調らしい。
 地元のFMラジオからは日に何度か“オブシディアン”の曲が流れ、この地区では高視聴率のローカル深夜番組のエンディングにも、彼らの曲が使われていたりする。
 そんな芸能人紛いの人達と知り合いというだけでも凡人の僕には凄いことなのに、まあそれは、晴さんがここにいる松浦のお義兄さんだからなんだけど、実は……
 今年のバレンタインデーに僕はオガ先輩から、好きだ、付き合ってくださいと、告白された。
 それも二百人以上もいるお客さん達の前で。
 “エメラルド”というレストランで開かれたバレンタインコンサートに、“オブシディアン”が出演した時のことだった。
 お陰で僕はその日のうちにオブシディアンファンクラブ公認の、小笠原義光の恋人ということになってしまったんだけど。

 信じられる?
 信じられないよね。

 好きだと告白されたことは、正直に言うと嬉しかった。
 だって僕にとっては生まれて初めてのことで。
 けれど良く考えてみれば、相手は結構な有名人で、恋の噂が(しかも全て男の人と!)四六時中絶えないような華やかな人だ。
 二百人もの人達の前で告白されても、からかわれているとしか思えないでしょう?
 そりゃ僕だって綺麗な夕陽をバックにとか、キラキラ光る夜景を見ながらとまでは言わないよ?
 でもこういうことって、場所を選ぶものじゃないのかな。
 それともせめて、二人きりの時とか。
 十七年の平凡な人生を生きてきた僕が初めて尽くしのことに戸惑ってしまったとしても、それは仕方のないことだよね?

「まだ恋人じゃない、お友達だよっ!」

 もう、何回言ったら皆は分かってくれるんだろう?
 あの場に小谷や学校の友達がいなくてホントに良かった。
 “エメラルド”に行く度に冷やかされるだけでも困るのに、学校でも冷やかされていたら身が持たない。
 第一僕は自分がオガ先輩をどう思っているのかさえ、いまだによく分からないままなのだから。
 告白されてから五ヵ月経った今でも分からない。
 周りが先に僕の気持ちを無視して、僕をオガ先輩の恋人として当たり前のように扱うから、流されるままこうなってしまったけれど。
 僕としては、目的も無く筏で川に出て水の流れの勢いに飲み込まれてしまい、オールも持たぬまま漂流しているような気分だった。
 「お友達から」と言い張ることは無駄な抵抗をしているだけなのかもしれないけど、これが今僕にできる精一杯の舵取りなんだ。
 そんな僕を六才年上のオガ先輩は怒るわけでもなく、時には笑って、時には困った顔をして許してくれている。
 これが大人の男の人の余裕っていうものなのかな?

 だから今日も、
「恋人じゃない、まだ友達だよっ!」
 叫んではみたものの、松浦と小谷の前でオガ先輩からのメールの本文を読むことが恥ずかしくなった僕は、お母さんお手製のお弁当を机の上に置いたまま、携帯を握りしめて廊下に出た。






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あきゅろす。
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