鬼は外 6

「あははっ。松浦、何て顔してるんだよ。せっかくの男前が台無しだよ」

 え、オレ、そんな変な顔?

 慌ててペタペタと自分の顔を触ると、それがよっぽど可笑しかったのか、
「あはははっ」
 また今井が笑う。
 その笑顔は小学生の頃から変わらず可愛らしいものだったけれど、それでももうお互いに子供ではないのだ。
「これからも晴さん共々よろしくね、親友君。あ、言っておくけど、晴さんは僕の大親友だからね」
 それはハルの方が格上ということかと、ショックを受けたオレに悪戯っぽく笑った今井は、帰りの電車の中とは違い晴れやかな、もっと言えば何か吹っ切れたような、すっきりとした顔をしていた。


*****


 今井を家まで送り届けもと来た道を引き返しながら、オレの心はほくほくとしていた。
 もう立春だというのに週始めからの寒波の到来で、夕暮れの中をチラチラと雪が舞っていたが、寒さは気にならなかった。

 今井がオレのこと、親友だって。

 ハルに言ったら、きっと感情が顔に表れないオレの代わりに、大袈裟なほど喜んでくれるだろう。
 そう思ったら一分でも早く彼に会いたくなり、自分の家を素通りしてそのまま駅へ急ぐ。
 携帯電話で確認すると、もう間もなくハルが仕事から帰ってくる時間だった。

 オレが駅に着いたと同時にホームに入ってきた電車には彼は乗っていなかったので、フーッとひと息ついてガードレールに腰掛ける。
 次の列車が到着するのは、二十分後だ。
 この駅は主要路線から外れた単線の終着駅で、ロータリーとも呼べない、バスが一台停まれば一杯になる駐車スペースと、こぢんまりした待ち合い室があるだけの小さなものだ。
 待ち合い室には入らず、歩道とロータリーを仕切るガードレールに座ったのは、ここからだと電車から降りてくる人が全て見えるからだった。
 暗くなってきた空から、時折思い出したようにヒラヒラと雪が落ちてくる。
 濃紺と薄い紺色と、まだ夕陽の名残りのある淡い桃色の三色で染まった空は、キャンバスに色を広げればすぐにでも描けそうだが、このヒラヒラと動く雪を表現するのは難しい。

 ああしてはどうか。いや、こうする方が……

 頭の中で思い描いていると、時間はあっという間に過ぎていった。
 電車の到着を告げるアナウンスが聞こえてハッと我に返り、オレは降りてくる人達を見る。
 夕方遅くのラッシュで、小さな駅は途端に人混みで溢れ返った。
 部活終わりらしい高校生や、仕事帰りのスーツ姿のサラリーマンを目で追っていると、

 いた、ハル。

 オレの胸が、ドキンと高鳴る。
 それは、初めてハルを見た十一才のあの日から変わらず続いているもので、我ながら呆れ返ってしまうが、押さえることのできない感情だった。
 ハルは歌う時の表現に役立つからと、高校生の頃からシロウ先生のダンス教室でバレエを習っている。
 オレにはよく分からないが、バレエと聞いて誰もが思い浮かべる古典的なものではなく、コンテンポラリーと呼ばれる現代風のバレエなのだそうだが、そのお陰でとても姿勢が良い。
 人混みの中でも一際目立ち、前を真っ直ぐ向いて歩幅も広く、颯爽と歩いてくる愛しい人を見つけた嬉しさに、オレは胸をドキドキさせながらただじっと待っている。
 こういう時は、自分に犬のような尻尾が付いていたらいいのにと思う。
 感情が上手く表せないオレでも、尻尾を振り回して待っていれば、何を考えているか一目瞭然だろう。




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