「これ、晴さんに食べてもらうために用意してたんじゃないの?」 と、また遠慮している今井に、 「いいから」 持ち帰り用に巻き寿司を等分に切り分け包んでやりながら、オレは思い切って切り出した。 「今井が大事なことを話してくれたから、オ、オレも言うけど」 「うん?」 「高校を卒業したら、その…… ハ、ハルに……」 彼は黙って、肝心なところで躊躇ってしまうオレの言葉を辛抱強く待っていてくれる。 「ハルに、こ、告白しようと、思ってる」 羞恥と嫌がられたらという不安で、彼の顔を見ることができない。 ただもう、言葉に出してしまった勢いだけで続けた。 「さっき電車の中でお前、キ、キスしたいか、訊いただろ? ……そりゃ、したい。でも、できない」 「どうして?」 言い淀むオレに、今井の声が優しく囁いて先を促す。 「だっ、だって男同士だろ。それにオレ達は、血は繋がっていなくても兄弟だ。そういうの…… おかしいと思わないか?」 お陰で今までずっと心の隅に引っ掛かっていた、男を、しかも義兄である人を好きになってどうするんだというわだかまりを、言葉にすることができたのだが。 「うーん、そんなふうに考えたことなかったなぁ」 あまりにのんびりと今井が答えるので、オレは思わず顔を上げた。 「だって最初に見た時から、松浦達お似合いだなって思ってたし。僕、二人のことが大好きだから、おかしいなんて思ったことないよ? まあ、男同士なのは…… しょうがないよね、好きになっちゃったんだもん。誰かを好きになる時に、わざわざ最初にあの人は女だからいいとか、男だから駄目だとか、考えたりしないよね。自分でも気づかないうちに、好きになってるものでしょ? それが松浦の場合は、男の晴さんだったってだけじゃないの」 「今井……」 うっかり涙が出そうになって、オレは俯く。 ハルを好きになってしまった自分を彼が嫌がらなかったばかりか、肯定してくれたことで、ずっと胸にしこりのようにあったわだかまりが消えていくような気がした。 「義光さんも同じだと思う」 オレはふと頭をよぎったこの考えを、一生懸命言葉にしようと焦る。 今言っておかなければ、彼に遊ばれていると誤解したまま、今井はまた泣くことになるだろう。 「オガ先輩も?」 義光さんの名前を聞くと今井は少し嫌そうな顔をしたが、それでもオレの話を聞いてくれた。 「今井の気持ちが分からないから、不安なんだ。だからおでこにキ、キスをして、お前の反応を見た。遊びだって言っておけば、お前に拒絶されても後に逃げ道ができる」 「え……?」 「怖いんだ、義光さんも。オレと同じで、今井に嫌われるのが」 今井の家は、オレの家から歩いて七分の所にある。 小学生の頃から何度となく通った道を二人で歩きながら、 「有り難う、今井」 オレはポツリと、彼に礼を言った。 「え、お礼を言わなくちゃいけないのは、僕の方だと思うけど?」 巻き寿司の入った袋を掲げて見せながら言う彼に、もう一度、 「有り難う今井。オレを嫌いにならないでいてくれて。ずっと一緒にいてくれて。オレをいつも助けてくれて」 今まで言えなかった言葉を口にすると、最初彼はびっくりしたような顔をしたが、次ににっこりと笑って応えてくれた。 「いいえ、どういたしまして」 オレは彼の返事に満足して、それにしてもと、今度は疑問に思ったことを口にする。 「どうしてオレが、ハルをす、好きだって、分かったんだ?」 「さあ、どうしてかな…… 松浦が、僕の親友だから、じゃないの?」 今井はクスクスと笑っている。 しんゆう……? 思いも寄らず生まれて初めて言われた言葉に、俺は驚いて彼を見た。 |