鬼は外 2

 それにも増して衝撃を受けたのが、授業の終わりに気の緩んだ先生が、ノリのいいクラスメイトの軽口に、
「こういうことは大人になってからな。それに女同士ではできないし、男同士でもできません」
と、笑いながら答えたことだった。

 男同士はできない?
 じゃあ、オレがされていた…… あれは?

 確かに今習った男女のセックスとは違ったが、それは入れられる場所が違うだけで、内容は同じではなかったか?
 おじさんが夜寝ているオレの布団に潜り込んできて、どんなに殴られても泣かなかったオレが、声が枯れるまで泣き叫んでも止めて貰えなかった、あれは?
 あの後トイレに座ることにも暫く不自由したというのに、何度も何度も……

 呆然としたまま、授業の感想を書くようにと配られたプリントを見下ろす。
 まさか『自分はまだ子供なのにもう経験済みのようなんですが、どうしたらいいでしょうか? しかも男同士ではできない筈のものをしてしまっているのですが』と書くわけにもいかず、授業終わりのチャイムが鳴っても一文字も書けないでいると、オレの呆然自失を知らずに隣に座っていた今井が、見兼ねたように言ったのだ。
「松浦、そんなの適当に書いちゃえばいいんだよ」
「適当にって……」
「『女の人はいろいろ大変だということが分かりました。結婚したら奥さんを大事にしたいと思います』って」
 僕らみんなおんなじ文だよとプリントを見せてくれた今井の笑った顔が、本当に子供らしく無邪気に見えて、オレは何だかホッとしたのだった。
 それ以来、どうも他の同級生達とは違う生き方をしてきてしまったらしいオレが、皆についていけずどうしていいのか戸惑い立ち止まってしまった時、タイミングを見計らったかのように必ず今井が手を差し伸べてくれた。
 あの無邪気な笑顔と共に。
 立ち止まった理由を無理矢理に聞き出そうとすることもなく、それは義兄のハルと通じるものがあって安心でき、オレは学校にいる間は今井の傍から離れなかった。
 自分が特殊な高校に進学することが決まり、さすがに今井とはもう一緒に通えないだろう、オレはひとりで大丈夫なんだろうか? と不安を覚え、人知れず悩んでいた時も、彼の口から同じ高校を普通受験で受けると聞かされ、涙が出るほど嬉しかったものだ。
 オレは感情が顔に出ないので、今井はそのことを知らない。
 そして無事高校に合格した彼は被服専攻の生徒となり、今こうして一緒に通学できているわけだが。
 いつも往復四時間の殆どを喋りっぱなしの今井がやけに大人しく、そういえばここひと月ほど元気がなかった。
 それは今年皆で行った初詣の日か、正月が開けてすぐ、ハルと一緒にレストランの仕事を臨時で頼まれた日から、のような気がする。
 あの日オレは、夜八時上がりだから“エメラルド”まで迎えに来てくれと、ハルに頼まれ了解していたものを、六時頃に電話が鳴り、もしや彼に何かあったのかと慌てて出てみれば、
「ユウイチの具合が悪いから、彼を家まで送って欲しい」
と、ハルが言う。
 今井の体調が悪いなら、オレが電車で迎えに行くより義光さんに車で送って貰った方がいいのではと思ったが、ハルの頼みなので二つ返事でOKし急いで行くと、そこには泣き腫らした顔の今井がいて。
 一体どうしたんだと驚いたが、レストランのバックヤードが何かを訊けるような雰囲気ではない。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!