鬼は外 1


 高校は電車通学だ。
 片道、約二時間。
 本当はもっと近くにある、四才年の離れた義兄、ハルが卒業したところに行こうと決めていたのに、どうしてもと言う母親の勧めで、別の学校へ進学した。
「高校へ行かせて貰えるだけでも有り難いのに、私立なんてとんでもない。それにあまり遠いと通学に時間を取られて、家事がおろそかになってしまう」
 恐る恐る首を振るオレに、義母のウイはいつもの口調で言い放った。
「これは命令だ」
 母親の命令には逆らえない。
 渋々高校の面接を受け、他人より少しばかりテストの成績が良かったのと、学長がいたくオレの描く絵を気に入ったことで、すんなりと合格が決まった。授業料が免除になる特待生として。
 この学校が一般の高校と異なるのは、普通科とは違い自分の得意とする分野の特別な授業が受けられるところで、オレの場合は美術だ。
 専門の講師が付き、実技だけでなく美術史もみっちり教え込まれる。
 他にも絵の具になる鉱物、染め物に使える植物、粘土を作る土の種類、彫刻に使う刃物の研ぎ方の授業、なんていうものまである。
 ここまでくると、オレと同じ授業を受けている生徒は普通の人ではない。
 何とかコンクール入賞常連者やら、何とかコンクール最年少優勝者だのが揃っていて、画家の祖父の手ほどきを数ヵ月受けた後は独学で気儘に絵を描いてきたオレなど、授業についていくだけで精一杯だ。
 舞台背景の大きな看板は描き慣れていても、粘土や彫刻など、初めて触れる物の方が多かったから。
 だが学校自体は、毎日往復四時間かけて通っても、さほど苦痛を感じないくらい楽しかった。
 美術の他にも多種多用な専攻科目があり、演劇の授業を受けている生徒の中には、さすが俳優を目指しているだけあって、オレよりも背の高いヤツや、世間で言う美形のヤツがゴロゴロしていて、自分だけが自覚の無いままに悪目立ちすることがなくなり、中学の時のように、女の子に囲まれて恐怖で身動きが取れなくなることも随分減った。
 オレは子供の時のトラウマが原因で、他人と接することが苦手なのだ。まともに話ができる人間も限られている。
 そんなオレが何とか人並みに学生生活を送っていられるのも、そればかりか楽しいとさえ思えるのも、帰宅途中の電車の中で隣に座っている、今井の存在が大きかった。
 今井とは、オレが小学五年で転入してきてから高校二年の現在まで、ずっと同じクラスだ。
 そしてこの六年の間、学校では数えきれないほど助けて貰っていた。

 最初は、小学六年の時の保健体育の授業だったと思う。
 男女別の教室に分かれて、お互いの身体の違いや成長期の身体の変化を習い、妊娠出産の仕組み、避妊の道具、性病についてをスライドやイラストを交えて先生が解説してくれたのだが、その授業中にオレは愕然としていた。
 親戚の家をたらい回しにされていた間、買い物に行かされれば生理用品も買い物リストの中に当然のように含まれていたし、何に使う物かも知っていた。
 ところが先生が少し照れながらセックスというものを説明しだした時、自分が既にそれを経験済みだということに、この時初めて気がついたからだ。
 あの親戚の女の人が上から覆い被さってきた時、何をされているのかも分からず、その果てに自分のモノから出たあれは……

 おしっこじゃ、なかったんだ。




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あきゅろす。
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