花集ウ 41

「オリャアァァー、ここで、首を振れぇぇぇ!」
 三人が上手に移動する途中、ギターとスピーカーアンプを繋いでいるケーブルの長さが足りなくなったのだが、そのことに気づかない亮太がお構いなしに引っ張ったせいで、挿し込み口からプラグがスポンと抜け、ギターの音が聞こえなくなった。
 それでも亮太は全く気に留めずに、ガンガンと首を振る。
 晴は首を振りすぎて、よろめいた拍子にマイクのケーブルに足を引っ掛け、勢いよく床に転がった。
 しかしそれでも怯まず、寝転がったままマイクを垂直に口に押し当て、歌い続ける。
 次にはバキッと派手な音をたてて、小笠原が握っていた右手のドラムスティックが真っ二つに折れた。

 ほら見ろ! だから昨日、寿命がきてるって言っただろうがっ!

 折れたスティックを掲げて見せ、口をパクパクさせながら高遠に訴える小笠原。
 しかし、他人のプレイにいちいち難癖をつけることで有名な彼もまた、思い切ってスティックを後ろに放り投げると、素手でシンバルを叩きだし、この演奏を中断させようとはしなかった。
 五人の演奏は途中からハチャメチャになり、とても誰かに聞かせられるような代物ではなくなってしまったのだが、今までプレイした中で一番高揚感が強く、どのメンバーも頬は上気し目がキラキラと輝いている。
 マエハラサンを連れてきた張本人の川平と、ポロシャツ二人組はあんぐりと口を開けただ圧倒されて、彼らが演奏し続けるのを見守っていた。


****


 楽器を置いた高遠と小笠原は、ビニールシートの前に立っていた。
 胸の前で腕を組み無言で見下した先には、正座をして横一列に並んでいる川平とポロシャツの二人。
 三人もまた、黙って彼らを見上げている。
「じゃあこのマエハラサンは、ベースを持つと人が変わる二重人格だってこと?」
 口火を切ったのは、高遠だった。
「だけどアンタ達の演奏の時には、何ともなかったじゃないか」
 小笠原も言い添える。
「はい、それが…… 前原は、興が乗らないと動かないっていうか……」
「自分好みのノリのいいロックでないと、人は変わらないんです」
「なにせ前原が入って一曲演奏し切ったロックバンドは、今までにひとつもなくて、皆からバンドキラーと呼ばれて恐れられている始末で」
「それでロックじゃないお前達なら大丈夫だろうと、知り合いから彼を押し付けられたんですが」
「僕達といても前原はちっとも楽しそうじゃないし、君達にもさっき見てもらった通り、あの調子で“エメラルド”に三人で出るのはどうも……」
「困っていたら、この川平さんが」
「いやぁ、凄かったね、高クン、義光クン。一曲演りきっちゃったものね。やっぱり僕の目に狂いは無かったよ、うん」
 ポロシャツの二人組が口々に言い募る後を引き継いで、川平は満足そうにアハアハと笑う。
「こら、オッサン。笑ってる場合か。なにが『僕はバンドのことは分からない素人だからね』だ。とんだタヌキオヤジだぜ。アンタ、最初からこうなることを見越してマエハラを連れてきたんだな」
「いや、そうは言うけどさ義光クン。僕がバンドに詳しかったら、前原君を入れてみたらなんて、怖くてとても言えやしないと思うよ? 本当に素人の思いつきだったんだから。それにほら、晴チャンと亮チャンは彼のこと気に入ったみたいだし。どうかな、このまま前原君をお前達のベーシストに迎えてみたら」
「冗談じゃない。一曲演ってあれだぞ? それこそいつまでたっても“エメラルド”のステージに立てやしない」
「自分だってノリノリだった癖に」
 川平がブツブツと呟いた不平を無視して、小笠原は大袈裟に首を横に振りながら晴と亮太を見る。
「で、晴と亮太。なんでお前達がそっちにいるんだ。二人共こっちに来い」




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あきゅろす。
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