晴が回れ右をすると、 「ハル、違う。ちょっと待て」 大志も慌てて彼の後を追い、キッチンを出ていく。 彼らがいなくなると、小笠原は椅子に腰かけたまま細長い上半身だけを二つに折って、 「あー」 と、声を出しながらテーブルに突っ伏した。 「やべえ。晴のヤツ、知らなかったのか。もしかして、何もされてない? どんだけアイツを大事にしてんだよ、大志は」 先日、インディーズバンドが呼ばれたクリスマスイベントに参加するため、北海道へ行った帰りの車の中で、晴が躊躇いもなく大志の首に腕を回しているのを見た小笠原は、まあ最後までとはいかないまでも、こりゃ、やっちまったなと思っていただけに、意外だった。 彼はテーブルの上の自分の顔だけを祐一に向け、さも情けなさそうに言う。 「大人げないねえ、俺も。お前があんまり松浦、松浦言うもんだから、お前だけを揺さぶるつもりが晴まで揺さぶっちまった。あー、後で大志に叱られそう」 そう言われても意味の半分も理解できていなかったが、 「それは僕のせいですか」 祐一は取り敢えず怒っておく。 祐一の納得のいっていない顔を見た小笠原は、ハァと再び息を吐き、 「祐一お前、ホントお子ちゃまなんだな。……まあいいや、帰るか。送ってく」 ガックリと肩を落とした。 リビングでまだ何やら話し込んでいる雨以と高遠に暇乞いし、自分の部屋に引き込もってしまったらしい晴と、彼の部屋の前でオロオロしている大志にも声をかけて、二人は松浦家を後にした。 近いから結構ですと一度は断ったのだが、強引に座らされた車の助手席で。 松浦家から車で五分の距離の間、車内は祐一にとって非常に居心地の悪い無言だった。 何か喋らなきゃ、と内心焦っていた祐一がふと車のフロントガラスを見ると、鳥のフンがまだついたままになっている。 「オガ先輩。松浦ん家で車、洗わせて貰わなかったんですか?」 思わず訊ねた彼に、前をみつめたままの小笠原が、 「祐一が運が取れなくて縁起がいいって言ってくれたから、このままつけとく」 淡々と答えた。 「えー、また僕のせい?」 不満げな声を上げた祐一に、彼の家の玄関横に車を停めた小笠原が、 「悪かったな」 ぽつりと言った。 「え、何がですか?」 「デコピン。痛かったろ、赤くなってる」 小笠原が神妙な声を出したので、 「え、ホントですか?」 祐一が彼の方に向き直ると、大きな手が自分の方に伸びてきて額にそっと触れる。 冬特有の高度の低い夕陽がフロントガラスに差し込んで、光を受けた小笠原の顔が赤くなっているように見えた。 祐一が彼の顔をみつめたままじっとしていると、小笠原の垂れた目尻がまた一層垂れていて、彼が笑っているのだと気づく。 笑い返そうかと気を抜いた次の瞬間、小笠原が器用に助手席に身を乗り出してきて、おでこにチュッと音をたててキスされた。 驚いて慌ててのけ反り、両手で自分の額を押さえたまま声も出せずに目を丸くしている祐一に、小笠原はニヤリとしながら言った。 「狼さんを信用してはいけませんよ、お花ちゃん」 どうしてこんなことになったのかな? この尋常ではない、顔の熱さは何? 祐一は顔を真っ赤にしながらプルプルと身体を振るわせ、正月早々、 「オガ先輩のバカッ!」 と、叫んだのであった。 2010.01.14 改訂2010.04.20 再改訂2011.03.21 再々改訂2012.11.23 *小笠原と祐一のデコチュー、いかがでしたでしょうか?それにしても祐一はいじり甲斐のある子です(笑) |