「そんなんって?」 言われている意味が分からず、祐一が小笠原に訊き返すと、 「さっきから大志は一言も喋ってないのに、会話が成立してるっていうか。それにお前、何気に大志を口説いてるし」 とんでもないことを言われ、 「はあ?」 思わず声が大きくなる。 「どうした? ユウイチ」 リビングにいる雨以と高遠にコーヒーを出しにいき、胸にお盆を抱えて戻ってきた晴にまで、 「おい晴。気をつけないと、祐一に大志を盗られちまうぞ。こいつは結構手強いぞ」 小笠原は真顔で言う始末。 言われた方の晴はきょとんとした顔のまま、テーブルの自分の指定席に座る。 そこへすかさず大志が、晴のマグカップを置いた。 「お、サンキュー」 甘い物が苦手な彼は、いつもブラックコーヒーだ。 晴が大志に天使の如き笑顔を向けるのを見た小笠原は、 「大志だって男なんだぞ」 と、続ける。 「俺の可愛いお花ちゃん二人は、そうやって大志を信じきって油断してるけどな。こいつだっていつ狼に変身するか、分かったもんじゃねえんだぞ。いきなり食われちまって泣くことになっても、俺は知らねえからな」 「ブフーッ!」 すると晴の隣に座った大志が突然、飲んでいたホットココアを盛大に噴き出した。 「どうやら大志は身に覚えがあるみたいだけど?」 彼のナイスな反応に満足した小笠原が、得意気に言う。 大志がベッドに寝かせた無防備な晴を前にして、いっそ食ってしまおうかと散々悩んだ揚げ句狼に変身し損なったのは、ほんの数日前の話だ。 そのことを小笠原は知らない筈だが、まあ男ならそういうこともあるわなと、大志に同情の目を向ける。 「あーもう、汚いな松浦。ねぇ、オガ先輩。お花ちゃんとか食われるとか、意味が分からないんですけど? それに、松浦を盗るとか盗られるとか。僕ら全員、男ですよ?」 晴がタオルでせっせと大志の汚れを拭いてやっているのを横目で見ながら祐一が反論すれば、 「お前だって、大志にいい嫁さんになるって言っただろうが。これだから童貞君は呑気でいいねえ」 小笠原は歌うようにおどけた口ぶりで、さらっと凄いことを言ってのけた。 「ど、どうて……! 年寄りのオガ先輩は、そりゃ経験豊富でいらっしゃるでしょうけど、僕らはまだ高校生ですっ!」 負けじと祐一も言い返す。 すると小笠原から、晴は高校生じゃないけどなと前置きがあった後、 「祐一お前なぁ、大志みたいにひねた童貞が、どこにいるよ?」 結構強くデコピンされて、 「いたっ!」 祐一は自分の額を両手で押さえた。 ムウッとなって小笠原と睨み合った顔のまま、確認のためにクルッと首を回して大志を見れば、その大志は慌てて顔を背ける。 彼は都合が悪くなると、今みたいに顔を背けたり、その場を逃げ出す癖があるのを知っている祐一は、小笠原が真実を言っているのだと理解する。 反撃の糸口を掴み損なった祐一は黙ってしまい、沈黙がキッチン全体に降りてきて非常に気まずい。 沈黙を破ったのは、ずっと二人のやり取りを聞いていた晴だった。 彼はカタン、と音をさせて椅子から立ち上がると、 「俺、ちょっとトイレ……」 小さく呟きその場を離れていく。 その顔は、今にも泣き出しそうだ。 |