初詣 6

 そんな祐一を、雨以は目を細めて見返す。
「私は仕事があって、一年の半分は日本にいないからな。おまけにこっちに帰ってきても忙しくて家にいないことの方が多い。晴と大志が寂しがるなら、いつでもこの家に寄ってやって欲しい」
 そう祐一に言うと、二人の会話をハラハラしながら聞いていた高遠に、
「で、お前の会社はどうなっている? 新右衛門」
と、向き直った。
「ええ、お陰様で順調です。ただひとつ、雨以さんにご相談したいことがあって……」
 新右衛門とは、高遠の下の名前だ。
 見かけはオヤジだが心は乙女の高遠は、このどこか聞き覚えのあるお侍さんのような名前は恥ずかしいと、周りの人間に決して自分を名前で呼ばせない。
 祐一は彼の父親以外で、高遠を新右衛門と遠慮無く呼ぶ人がいることを、今日初めて知ったのだった。
 そんな自分にキッチンから晴が手招きをしているのが見えたので、失礼しますと断って祐一はその場を離れる。
「ああなっちゃうと長いから、先に昼飯食おうよ。会社のことは俺達じゃ分かんないし」
 キッチンに入ると晴がそう言って、大きなあげの乗ったきつねうどんを出してくれた。
 大志はエプロンをつけ、年末に切ったと言うわりには長い前髪をゴムで縛って、忙しく立ち働いている。
 雨以への挨拶を先に済ませ、早々にキッチンへと引っ込んでいた小笠原の隣に座り、
「わ、美味しそう。いただきます」
 松浦家で大志の手料理を何度もご馳走になっている祐一は、丁寧に手を合わせた。
 うどんを四人で啜りながら祐一が聞かされた話では、高遠が企画オブシディアンを設立するにあたり、雨以が全面的にバックアップをしたとのことだった。
 彼女はオブシディアンの役員も務めていて、今でも殆ど収入の無いこの会社を援助しているらしい。
「僕のバイト代って、もしかして雨以さんから出てる?」
 祐一が訊ねると、皆はウンウンと頷いた。
 祐一は青くなって考える。

 そういうことは先に言っておいて欲しい。ご挨拶した時、失礼はなかっただろうか? よかった、雨以さんをおばさんとうっかり呼ばなくて、ホントによかった。

 二人の息子を溺愛している雨以は、晴と大志の周囲にいる人物を見極めるためにわざと自分のことを口止めして高遠に連れて来させているのだが、それは祐一は知らなくていい話だろう。
 うどんを食べ終えた祐一が流し台のシンクの中にどんぶりを片付けていると、大志が食後のお茶の用意を始めた。
 いつもながら感心して、
「松浦ってホント、甲斐甲斐しいよね」
と言うと、大志に目だけで、
 何が?
と、見下ろされる。
「だって松浦って、昔っから家のこと全部してるでしょ、主婦みたいに。見てて手際がいいし料理は美味しいし、皆の好みをちゃんと分かってて気が利くし。うん、いいお嫁さんになれそう」
 今度は大志に何を言ってるんだという顔をされ、ヒョイとマグカップを手渡された。
 中身は祐一の好みの、薄めのホットココアだ。
「あ、ありがと」
 二人のやり取りを椅子に座って興味深げに見ていた小笠原が、大志に日本茶を注いでもらいながら呆れたように言った。
「お前らの会話って、いつもそんなんなの?」




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あきゅろす。
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