車のワイパーは正確に半円を描き任務を遂行したのだが、惜しくも長さが足りず、鳥のフンまであと数センチが届かなかったのである。 残念ながらフンは、綺麗な形を保ったままガラスにくっついていた。 車内にいる者は一瞬押し黙ったものの、数秒後にはどっと笑いが巻き起こる。 高遠などフンを指差したままヒーヒーと涙を滲ませて言葉にもならない。 祐一は小笠原の災難をまた気の毒に思い、何か気の利いた言葉はないものかと、 「オ、オガ先輩。ウンが取れないんだから、やっぱり縁起がいいんですよ!」 と、熱弁を奮う。 「ウ、ウンが、ウンが取れないっ!」 「イ、イマイちゃん、おねがい、もう勘弁してっ!」 晴と高遠は腹を抱えて笑いが止まらない様子。 「だってそうでしょう? 僕、何かへんなこと言った?」 助けを求めるように隣の大志を見ると、普段笑うことの滅多にない大志までもが自分の口に拳を当て、外を向いたまま小刻みに肩を震わせていて、祐一は衝撃を受けた。 「な、何だよっ、松浦まで笑って! 僕は真面目に言ったんだからね!」 言葉は怒り口調だが、大志が笑ってくれたことが嬉しくて、つい顔が弛んでしまう。 そんな彼をバックミラー越しにじっと小笠原がみつめていることに、機嫌を良くした祐一は気がつかなかった。 「雨以さん、明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願い致します」 松浦家のリビングで高遠が床に土下座…… 否、きっちり三つ指をついて挨拶をする。 祐一も彼に倣って、正座をして頭を下げた。 「ああ、おめでとう。君が今井君か。晴と大志から、よく話は聞いている」 女の人にしては低い落ち着いた声がそう言ったので、祐一は顔を上げる。 目の前のソファーに、小柄な女性が座っていた。 テーブルの上には経済新聞と英字新聞が広げられていて、それを折り畳みながら彼女は祐一ににっこりと笑顔を向ける。 雨以は黒く真っ直ぐな髪を胸の辺りまで伸ばし、大きな目とぷっくりした唇が特徴の女性だった。 唇の形は晴にそっくりだと思ったが、他に似た所は無いようだ。 晴を産んだ人にしては特別に美人というわけではなかったが、 「大志とは小学校から一緒だったかな? あいつは面倒くさいだろ、世話になっているな」 と言って、祐一を一直線にみつめる力強い目と、男の人のように乱暴で要点だけを話す口調が大志とそっくりで、祐一は雨以に好感を持った。 「あ、いいえ。お世話になっているのは、僕の方です。高校受験の時には、松浦に随分勉強を教えてもらいました。最近はよく晴さんのお部屋に泊まりがけでお邪魔させていただいてますけど、ご挨拶が遅くなってしまってすみません、おば…… 雨以さん」 祐一は物怖じしない質なので、雨以を見てにっこりと笑い返す。 空気を読んで、雨以を松浦のおばさんではなく雨以さんと呼ぶことも忘れなかった。 |