この後別の用事があるという亮太と前原とスタッフ三人とは、オブシディアン事務所の駐車場の前で解散した。 小笠原の車は、赤の日産マーチ。乗車定員五名。 祐一が以前から、普通車なのに小さくて可愛いなと思っていた車だ。 小笠原は運転手なので運転席へ。 「俺、助手席に乗りたい」 と言った晴は、助手席へ。 すると当然という顔をした大志が、晴のすぐ後ろの後部座席に座る。 「じゃ、僕は運転席の後ろへ……」 大男二人に挟まれるのは是非とも避けたい祐一に、 「今井、アンタ真ん中にお座んなさい。小さいんだから」 社長命令が飛ぶ。 「小さいって言うな、アナタ達がデカすぎるんですっ!」 高校生アルバイトで衣装部暫定チーフ、今井祐一の叫びは、強大な権力の前に握り潰されたのであった。 かくして。 「ああもう。タカ先輩、太ったでしょ。ホントに狭いんですけど!」 祐一は狭苦しい後部座席の真ん中に乗り込んでからずっと密着している大志の身体が、服を着ていると見た目は細く見えるのに、上着を通してさえ胸板が厚く、腕にも引き締まった筋肉が付いていることに気がついてしまい、恥ずかしさに居たたまれなくなってわざと大声を上げる。 「なによぉ。失礼ね、祐一。わたしは太ってないわよ! アンタ、最近随分と生意気になってきたわよね」 祐一と高遠がギャーギャー騒いでいると、 「お前らマジ煩い。車から落とすぞ」 車に乗ってから段々と機嫌が悪くなってきたように見える小笠原に本気で叱られ、車内は静かになる。 暫くして、 ボトッ 車が信号待ちで止まった時、静まり返った車内にその音は響き渡った。 結構大きな音だった。 小笠原は、 「あ」 と言ったきり、フロントガラスを見つめて固まっている。 そんな彼に、晴が邪気のない愛くるしい顔を向けた。 「オガ先輩。鳥が、お年玉くれたね」 そう、運転席の目の前に、鳥のフンが卵を投げつけたように正確に落ちてきたのだった。 「しかも、結構大きい鳥だよね」 晴がフンを凝視しながら、感心したように言うものだから。 小笠原が顔全部でショックですと言っているのが、バックミラー越しに見えてしまったから。 気の毒に思い、 「オ、オガ先輩。ウンがついて良かったじゃないですか。正月から縁起がいいですよ」 と、祐一は慰めたのに。 「ギャハハーッ! 上手いこと言うわね、さすがゆういちっ。でもさぁ、縁起が良いって何よ? そんな年寄りみたいなこと、高校生の若者が普通言う〜?」 と茶化され頭にきた祐一は、座席から身を乗り出し、高遠の最近ふくよかになってきた頬を両手で思い切り引っ張ってやった。 「ほらっゆうひち、いはい、いはいっては」 車内は再び、喧騒の渦の中だ。 「あーっ、お前らホントもう黙れっ。運転の気が散る! こんなモンはなぁ、こうすりゃいいんだよっ」 自棄気味の小笠原はフロントガラスにウォッシャー液を吹き掛けると、ワイパーのスイッチを入れた。 ウィーンと音をたてて、ワイパーが動き出す。 その動きを確認していた小笠原が、 「げっ!」 奇妙な声を上げて再び固まった。 |