今井祐一は考えていた。 どうしてこんなことになったのかな? 初詣帰りに乗った、車の後部座席で。 左隣には高校の同級生、松浦大志。 その大志と肩を寄せ合って…… どころか、自分の身体の左側面が全部、彼の右側面に密着しているこの状態は何だろう? 大志は背が百八十三センチと高い。よって座高も高い。 祐一の身長は、高二男子平均ピッタリの百七十センチ。 車がカーブを右に曲がると、大志とは反対、祐一の右隣に座っているこれも負けず劣らずの大男が、遠心力に逆らわず祐一の方へぎゅ〜っと、傾いてくる。 すると大男に押されて祐一は、どうしても左隣の大志にぎゅ〜っと、身体を預けることになる。 その時顔を押しつけてしまうのが、大志の上腕二頭筋の辺りだった。 大志は車に乗ってから閉まっている窓の枠に左腕を乗せたまま、黙って外の景色を眺めている。 彼が寡黙なのは今に始まったことではない。 小学五年からの長い付き合いの祐一には、それは気にならない。 気になるのは。 恥ずかしくて居たたまれないのは、松浦の…… 「ダーッ! 後ろ、狭いっ! タカ先輩っ、僕の方に寄ってこないでください! もう少し右に詰めてっ!!」 毎年一月三日は、祐一がタカ先輩と呼んでいる、高遠が代表を務める芸能プロダクション事務所“企画オブシディアン”のスタッフ全員で出掛ける初詣の日だ。 芸能プロダクションといっても、立ち上げてからまだ四年程の小さな有限会社であるため、所属しているのは芸能人とも呼べないような人間が少しだけ。 現在総力を上げて売り出し中の、事務所と同じ名前を持つロックバンド“オブシディアン”も、地元での知名度は上がってきてはいたが、いまだにインディーズ止まりだ。 祐一はその“オブシディアン”のボーカル、松浦晴の義弟、大志と同級生繋がりで、中学二年の秋から仕事を手伝うようになったスタッフの一員である。 彼はバンドメンバーが着る衣装製作を任されている。 洋裁を仕事にしている母親に、小さい頃から裁縫技術を教え込まれた祐一は、高校二年の今では、普段着なら充分売り物になる服を作ることができるほどの腕前だ。 まだ高校生なので社員ではなくアルバイト扱いなのだが、卒業後は専門学校へ通いもっと腕を磨いて、企画オブシディアンの衣装部に就職するつもりでいた。 今回は祐一にとって、四度目の初詣だ。 毎年参拝している神社はこの辺りでは一番大きく有名で、オブシディアン事務所から歩いて十五分の近場にある。 舞台美術を担当している大志、パソコン仕事から雑用まで何でもこなす事務スタッフ三人、そしてバンドメンバー五人の総勢十名が連れだって参拝に出掛ける正月の恒例行事を、祐一は結構気に入っていた。 宣伝を兼ねて全員お揃いの“企画オブシディアン”とロゴの入ったジャンパーを羽織り、普段話す機会の少ないスタッフとお喋りしながら歩く。 お喋り好きな祐一は、年の離れた大人の彼らと、普通の高校生として生活している限りでは知ることのない分野の話をするのがとても好きだった。 それに、この団体は凄く目立つ。 事務所から神社までの道沿いに続く駅前商店街で正月から忙しく働いている店員や、店にたむろしている若者達が“オブシディアン”だと気づいて、 「頑張れよ」 「応援してるぞ」 と、自分達に姦しく声をかけてくれるのも嬉しかったし、大勢の参拝客が行き交う道の真ん中で、わざわざ動きを止めて大袈裟にこちらを振り返る人達が結構いることも誇らしかった。 |