花眺メル 3

 僕にこの話をどうやって切り出そうか、ずっとグルグルしていたから、なのかな。
「松浦って……」
「何だ?」

 ちょっと可愛いかも。

「ううん。いいよ、行くよ」
 と返事をすると、
「そうか」
 分かりづらいけど、ホッとしたような顔。
 松浦って、面白い。
 僕は毎朝女子達に『お前、邪魔』オーラで睨まれたり、男子からは『よく平気で彼の隣に立てるよね』なんて言われるけど、これだから松浦の友達は止められない。
 それに頼まれたらイヤとは言えない松浦を、顎で使うなんて酷くないですかと、一言お義兄さんに言ってやろうとも思ったんだよね。


*****


 連休初日。
 僕らは最寄り駅で待ち合わせをして、松浦のお義兄さんがバンドの練習をしているという音楽スタジオに向かった。
 S駅から電車に乗って十分で、町の中心市街地に行ける。そこから歩いて五分の駅裏に、スタジオはあった。
「おおきい……!」
 音楽スタジオっていうから、僕はよくあるピアノ教室の部屋みたいなのを想像していた。
 でもここは。
「体育館みたい」
 床や壁はコンクリートが剥き出しだけど、正面の高い所に舞台があって、学校の体育館そっくりだ。
 舞台上には正面奥にドラム、向かって左にキーボード、真ん中にスタンドマイクが立っていて、各々から太いのやら細いのやらケーブルが延び、僕には分からない箱型の機械のような物に繋がっている。
 そしてその間をトランシーバーを腰に挟んでいたり、頭に付けたインカムのマイクに話しかけながら忙しそうに動き回っている、十人くらいの人達。
 中の五人は僕の姉ちゃんと同じ高校指定の紺色のジャージ姿で、ギターを抱えている人もいるから、あれが松浦のお義兄さんのバンドの人達だろう。
 などと、初めて見る光景が物珍しくて、スタジオの入り口に突っ立ったまま中をしげしげと眺めていると、
「タイシ!」
 正面マイクの前で僕らに背中を向けて立っていたちょっと小柄な感じの人が、こちらを振り向きざま松浦の名前を呼んだ。
 と思ったら、舞台から飛び降りて一目散にこちらへ駆け寄ってくる。

 わー、何だかワンコみたい。
 ちっちゃい茶色い毛の、紺色の服を着たワンコ。

「あの人が松浦のお義兄さん? 僕のイメージと違うけど」
 訊ねようとして隣の松浦を見上げると、

 笑ってる!

 そりゃもう驚かせていただきましたよ、松浦君。
 三年弱の同級生生活の中で、初めて見させていただきました。アナタの笑顔を。
 他の人がすればただの微笑程度なんだろうけど、無愛想な普段と感じが全然変わって、柔らかい優しい顔。

 あのー、松浦君。
 その顔を、決してJC達の前でしないでくださいね?
 すれば彼女達は鼻血を噴き出しながら後ろに倒れ、大惨事になることでしょう。

「君が今井君? 義弟がいつもお世話になって」
 大惨事の元凶である松浦のお義兄さんが、ご丁寧に僕に話しかける。
「いえいえ、僕はそんな大した者では。松浦にはいつも楽しませていただいて」
 とは言葉に出せないので、軽くお辞儀だけをして顔を上げる。
 と、今度は僕が後ろにのけ反る番だった。

 わー、きれい。

 男の人に使うにはおかしい言葉かもしれないけど。
 でもそこには、物凄く綺麗な人が立っていた。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!