花集ウ 40


「それじゃあ川平さんのリクエストで、クイーンの曲を歌います。よろしくお願いします」
 演奏する曲が決まるや否や、晴が客席に向かい深々とお辞儀をする。
 楽譜が読めず、音楽の知識を持ち合わせていない晴に、バンド内での発言権は無い。
 演奏する曲目が決まるまで大人しく待っていたのだが、初めて聞いた他所のバンドの音に触発され、とにかく早く始めたい一心だった。
 幸いなことに、ひと度ステージに上がってしまえば、一本きりのマイクの前に立っている晴に、自ずと進行は任されることになる。
「よろしくお願いします」
 本来ならば自分の後ろに続くメンバーの挨拶も待たず、今度はマエハラサンに頭を下げる。
 マエハラサンが小さく頷き返すのを見届けると、慌てて合流した亮太と一緒にくるりと後ろを振り向き、最後に高遠と小笠原に向かって頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
 日頃から二人に口煩く礼儀作法を教え込んでいる高遠が、満足気に微笑み返したのを了解の合図と受け取った晴は、前に向き直ると再びマイクを握った。



 高遠のピアノ伴奏と同時に晴が出した一声を聞くと、それまで俯いていたマエハラさんが顔を上げた。
 曲の出だしから、サビと同じ高い音程のこの曲を難なく歌いこなす晴に、彼の細い目が精一杯見開かれる。
 見られていることに気づいた晴が、歌いながらマエハラサンに笑いかけると、彼は興が乗ってきたように身体全体でリズムを取り始めた。
 心なしか、ベースの弦をはじく指にも力が入ったようだ。
 ギターがソロパートに入った時には、亮太の演奏の力量に如何にも感嘆した様子で、下手(シモテ)にいる彼が見易い位置までジリジリと移動していく。

 分かりやすい奴。

 マエハラサンの様子を背後から見ていた小笠原が、堪えきれずプッと吹き出した。

 いつも通りの安定した演奏を披露していた彼らに、その時は何の前触れもなくやってきた。
 それまでベース用のアンプの前を行ったり来たり、移動しているだけだったマエハラサンがいきなり、
「よっしゃー、おまいらぁ! いっくぜぇぇ!!」
 ベースを抱え叫びながら、晴と亮太に近づいていったのだ。
 驚いた二人がビクッと身を震わせので、一瞬演奏に間が空いたが、そこは晴と亮太。
 何事もなかったように、すぐにプレイを続行する。
 するとマエハラサンは、
「オッケー、二人とも! それじゃあ、オレに、ついてこーい!!」
 大声で叫ぶと、舞台の中央より下手側へ二人を誘導し、
「ソリャー! ここで、足を踏み鳴らせえぇぇぇ!!」
 言うが早いか、本人が真っ先に姿勢を低くし、大股で左足を一歩客席側へ突き出すと、ダンッ、ダンッ、ダンッと踏み鳴らし始めた。
 つられて彼の腰に巻きついているチェーンが、シャン、シャン、シャンと軽快なリズムを刻む。
 どちらかというと大人しく、ネクラなタイプだと思い込んでいたマエハラサンの豹変ぶりに、後ろで固定された楽器を担当している高遠と小笠原は目を丸くしたが、自由に動くことのできる前列の晴と亮太はノリも良く、
「キャーッ!」
と金切り声を上げながら、マエハラサンを真似て左足をダンッ、ダンッと踏み出した。
「ちっがーう、おまいらぁ! 男なら、キャーじゃなくて、ウオォーだろうがあぁぁ!!」
 すると、すかさずマエハラサンのダメ出しが入り、
「ウオォォー!」
 二人同時に叫び直す。
「よっし、おまいらぁ! 次は右だあぁ! いっくぜえぇぇ!!」
「ウオォォー!!」
 彼らは横一列に並び、曲のリズムに合わせて上手(カミテ)側に移動すると、今度は右足を前に突きだし、三人揃ってダンッ、ダンッ、ダンッと踏み鳴らし、徐々に息の合ってきたところを披露した。




*皆様へ
先日、バンドを組んでいる友人と話をする機会がありまして。ちょっと気になって「ギターとアンプを繋ぐ線って、なんて言うの?」と訊ねましたら「シールド」という答えが返ってきました。
ナヌ!?私、コードって書いてたよ(汗)
正確にはシールドケーブル、シールドコードと呼ぶそうです。
ギター弾く人でコードと言われて真っ先に思い浮かべるのは、EmとかG、Cとかの和音ですよね。
ここであまり専門用語並べてもと思い、ヤフってみましたら、楽器屋さんではケーブルで出てましたので、前ページP39の小笠原の台詞は、音楽やってる人の話し言葉なのでシールド、他はケーブルと統一して訂正させていただきます。
とんだところで自分の勉強不足を暴露することになり、お恥ずかしいかぎりです(__)
さなげいぶき




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あきゅろす。
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