花集ウ 39

 それに、
「折角のベースなのだから、うちにあるアンプとスピーカーを使ってはいかが」
と、勧める高遠の顔を全く見ようとせず、
「いいえ、こちらのギターのお二人が使わないので、僕だけというわけにはいきません」
 俯いたまま今にも消え入りそうな声で固辞するあたり、なるほどあの五弦ベース(一般的なベースの弦は四本)は、ただのカッコつけで宝の持ち腐れなのだと、内心小馬鹿にしたことは否定できない。
「では“エメラルド”で披露する曲を」
 そんな小笠原の思惑をよそに始まった三人の演奏は、案の定お粗末なものだった。
 曲自体は、中高生に人気のあるツインギターのデュオグループを模倣した、ポップスに近い軽いノリのものだ。
『この長い長い下り坂を、君を自転車の後ろに乗せて、は危ないので、荷台を押してもらって、ゆっくりゆっくり下ってく』
 一本のマイクを挟んでギターをかき鳴らし、この想い君に届けと客席に座る晴をみつめ、出ない高音を無理矢理に声を張り上げて歌うポロシャツの二人。彼らとは対照的に顔を伏せたまま手元だけをみつめ、直立不動に近い格好で弦を弾くマエハラサン。
 電気的な機械を通さないベースの低音は、二本のギターが奏でるメロディーラインと、キーが半音外れた金切り声にすっかり掻き消されてしまい、これならベースではなく、人の身長ほどもある大きなコントラバスを抱えていた方が、見た目だけでも三人のバランスが取れるのではないかと、小笠原は苛々しながら彼らの演奏を聞いていた。
 “エメラルド”に出演する演者の中には、各々好き勝手な服装でステージに立つバンドは幾らでもある。楽器だって、これとこれとこれがなければいけない、という決まりもない。
 しかし小笠原の目にマエハラサンと他の二人は、学校の行事がある度にグループ分けで一人余るクラスメートと、彼を自分のグループに仕方なく受け入れる優等生のような、仲の良い友人とは言い難いぎくしゃくした関係に映った。
 小笠原は人付き合いもよく交友関係も広いが、それはゲイの仲間内だけの話であり、普通の男子高校生としてだと教室で一人浮いてしまうことは自覚していて、こういう状況には敏感だ。
 一度そう見えてしまうと、目立たないように邪魔にならないようにと、ギターの二人より数歩後ろに下がってベースを弾くマエハラサンが歯がゆくて仕方なく、また無性に腹も立ってくる。
 そもそも、ろくなパフォーマンスもせずに前を向いて歌うだけなら、この倉庫に来て練習する意味などないではないか。
 彼ら三人の演奏が終わり次は自分達の番になって、
「たまたまベースもいることだし、一曲くらい前原君に入ってもらったら」
と、川平が言った時。
「そ、そんな図々しいことは」
 精一杯に首を横に振り、とんでもないと断るマエハラサンを見て、
「いいね、入れば。そんな立派なベース持ってんだ、今度はちゃんとシールド(ケーブル)をアンプに繋いでな」
 深く考えもせずに返事をしたのは、こんなちんけなバンドを連れてきた川平に対する、嫌味のつもりもあったのだ。
 しかし、いきなり初めてのベーシストが加わるとなると、自分達のオリジナル曲を演奏するのは無理がある。
 前列中央にボーカルの晴、客席から見て右手がギターの亮太、左手にベースのマエハラサン、後列中央ボーカルの真後ろにドラムの小笠原、その左横がキーボードの高遠と、各々の位置にスタンバってはみたものの、演る曲が決まらない。
 高遠、小笠原、亮太の三人でマエハラサンが加わってもコピーできそうな曲目を挙げていると、
「横から口出しして申し訳ないんだけどさ。僕、あれが聞いてみたいな」
 川平がリクエストした曲は、クイーンの『Don't Stop Me Now』だった。クイーンは、ボーカルがエイズに感染し亡くなってから既に数十年も経つというのに、今日もなお世界中のファンに愛され続けている、有名なイギリスのロックバンドだ。
 これなら以前に川平や武藤達、数人の親爺ファンの前で何度か演奏しているし、マエハラサンもスコア無しでできると言う。ポロシャツのスカした二人組にこちらの実力を見せつけるには、もってこいの選曲といえた。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!