「ねぇ、起きて起きて」 と、晴が無邪気に言えば、 「お兄さん、ほら見てよ。俺達どこも怪我してない。大丈夫だから、謝ってばっかいないで顔上げて」 亮太も元気良く続ける。 彼らはマエハラサンの頭の脇に左右に別れて座り込み、片方ずつ彼の肩を揺すった。しかし当の本人は聞いているのかいないのか、顔を伏せたままごめんなさい、すみませんと繰り返すばかり。 それでも根気よく、亮太は彼に話しかける。 「ねぇ、お兄さんが背中にしょってるのって、ベースでしょ? 俺、久し振りにベースの音聞いてみたいな」 「ベース? 俺、ベースって見たことない。どんな楽器?」 「そっか、晴はうち以外のバンド見たことないんだっけ。うち、ベースいないもンね」 「うん、いないもんね」 頭上で交わされる晴と亮太の会話に、マエハラサンの肩がピクリと震える。そして恐る恐る顔を上げ、今の発言の主が自分より年下の中学生であることを確かめると、か細い声で囁くように晴に訊ねた。 「君、ベースを知らないの?」 「うん、知らない」 「君は?」 次に亮太に問いかける。 「俺は知ってるけど…… ちょっといろいろあって、もう何年も聞いてないかな」 「そうなんだ。じゃあ、聞きたい?」 「そりゃ、聞きたいよ。お兄さんは俺達に聞かせるために、ここに来たンじゃないの?」 撒いた餌に食いついた魚を逃すまいと、亮太はここぞとばかりに訴える。 「ああ、そうだ。そうだった、ごめんね。すぐに支度するから、少し待ってて」 マエハラサンは元々細い目を更に細く吊り上げて、亮太を見た。 彼が笑ったのだと気づいた亮太は、こくこくと頷く。そして、ビニールシートに座り直し準備を始めたマエハラサンを見届けると、為す術なく自分達を取り囲んでいる年長の男達を、どうだといわんばかりの得意気な顔で振り仰いだ。 **** 倉庫の中心のステージに見立てた場所に、漸く来客三人が立った。 ポロシャツ二人組と比べて背が頭一つ分抜きん出ているマエハラサンは、一言で言うと、某お兄系ストリートファッション雑誌のモデルそのままの格好をしている。 百七十五センチの細身の身体に良く似合ってはいるのだが、連日三十度を越す酷暑の中、黒光りするレザーパンツに黒いブーツを履き、首からストールなのかマフラーなのか、わけの分からないものを数本ぶら下げて立っている彼を目の当たりにした亮太は、吹き出す笑いを堪えようと、体育座りをした自分の膝の中に顔を埋めなければならなかった。 その雑誌を本屋で立ち読みしたことのある亮太の頭の中には、『ガイアが俺にもっと輝けと囁いている』とか、『ビジュアルロックは吟遊詩人の必須科目』とかいう、モデルの写真の横に必ず添えられているキャッチコピーが浮かんでいた。大袈裟なキャッチコピーは某雑誌最大の特徴でもあるのだが、亮太にとっては真夏のブーツと同様、何か悪い冗談としか思えなかったのだ。 隣に腰を下ろした小笠原は、顔を伏せたまま肩を震わせている亮太とは反対に、マエハラサンをじっとみつめていた。 額のところでMの字に分けられた前髪の先は耳を覆うほど長く、派手なピンク色をした髪の隙間から、金色の輪っかのピアスが見え隠れしている。 友人の多い小笠原にとって、特に珍しくもない格好のマエハラサンではあるが、白いポロシャツを着た黒髪の爽やかな青年達と並ぶとやはり妙にちぐはぐで、返って彼に興味が湧いた。フォークギター二本にベースという組み合わせも、バンドというには不自然だ。 |