花集ウ 36

「高クン、いつまでも入り口に立ってないでさ、彼らを中に入れてやってよ。そこ、暑いだろう」
「あら、そうよね。嫌だわわたしったら、気が利かなくて。さぁ、奥へどうぞ」
 川平に促された高遠が、二人組を倉庫の中央へと案内する。
 今までスタンドマイクの前に立っていた晴と、隣でギターを抱えていた亮太は既に歌う場所を譲り、前面客席に見立てて広げてあるビニールシートの上に移動していた。好奇心旺盛な若い彼らは横に並んで体育座りをし、珍しい物に出くわした時の小動物さながら目をクリクリと瞬かせて、初めて会う二人を待ち構えている。
 亮太はともかく、晴にとってはこれが“他所のバンド”との交流初体験だ。慣れない場所に足を踏み入れた誰しもがそうなるように、ぎこちない足取りで近づいてくる二人の一挙手一投足に見入っていた。
 高遠に連れられてやって来た二人組は晴と亮太に気づくと、
「こんにちは」
 と、早速白い歯を覗かせる。が、
「こんにちは」
 ハキハキとした口調で応えた自分達よりかなり年下の彼ら、特に晴を見るなり赤面し、その後は晴と亮太に背を向ける格好で黙々と演奏準備に取り掛かった。
 といっても、二人が持っている楽器はフォークギターなので、ケースから取り出しストラップを肩に通せば準備は終いだ。することが無くなったポロシャツの二人組はチューニングのつもりか、ピックを使ってギターの弦を執拗にかき鳴らし始めた。
 フランス人形と見間違うばかりの可愛らしい晴に見つめられて、照れ臭いのだろうし良いところも見せたいだろう。紳士的で礼儀正しい二人が晴をジロジロと眺め回したり、面白半分に話しかけたりしないのは有り難かった。しかし、これではいつまでたっても埒が明かない。
 隣でずっと二人の様子を窺っていた高遠が、痺れを切らし半ば呆れ顔で、
「じゃあ、そろそろ……」
 始めましょうか、と口を開きかけた時だった。
「あれ、あいつは?」
 二人のうちの一人が、ふと思い出したように言った。
「……またか」
 するともう一人も、うんざりした様子でチッと舌を鳴らす。紳士にしては、不釣り合いな態度だ。
「おーい、何してんだ。早く入って来いよ」
 先に口を開いたポロシャツが、倉庫の入り口に向かって声を掛けた。
 つられて中にいた全員が、一斉にそちらへ顔を向ける。
 ……しかし、何も起こらない。
「おい、前原。聞こえてるんだろう、早く入ってこい。皆さんにご迷惑がかかる」
 次に舌を鳴らした方のポロシャツが苛々と大きな声を出したので、そのまま暫しの間全員で入り口を凝視していた。
 がしかし、またまた何も起こらない。
「あれ、おかしいな。帰っちゃうはずはないんだけど。義光クン、ちょっと外を見てきてよ」
「は、俺が?」
 川平に頼まれた小笠原は、どうして俺がとブツブツ文句を言いながら、大股で倉庫の入り口に近づいていった。それでもエアコンの修理費をチャラにする為だ、致し方あるまい。
 渋々扉の外を覗いた小笠原は「あー、いるいる」と呟くと、見つけたものを無造作に掴んで、グイッと中に引っ張り入れた。
「なあ、マエハラサンって、この人?」
「ヒィィィーー」
「え?」
 乱暴にしたつもりはなかったのだが、相手の上げた高い悲鳴に驚いた小笠原が、掴んでいた腕をパッと放した。
 放した拍子に、引っ張られて勢いのついていたマエハラサンの身体は、倉庫奥の青いシートの上にいる晴と亮太めがけて転がっていく。
「うわー!」
「ヒィィィー!」
「いや〜ん!」
 晴と亮太を下敷きにして、マエハラサンはやっと止まった。




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あきゅろす。
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