「ハル、ハル……」 俺を呼ぶ声に、ふと目を開く。 嫌だ、起きたくない。 それでも無理矢理目を開けたのは、俺を呼んだのがタイシだったからだ。 母さんの再婚で思いがけずできた、俺の小さな、可愛い義弟。 「義兄さん……」 甘えたような、それでいて泣き出す寸前の切羽詰まった彼の声に、胸が締めつけられて苦しい。 「どうした、タイシ?」 俺の瞼は重くて薄くしか開けられなかったけれど、代わりにできるだけ優しく訊き返した。 大丈夫だ、心配ないよ。俺がいるから平気だろ? ところが彼にはよく聞こえなかったみたいで、俺の言葉を聞き取ろうとゆっくり顔が近づいてくる。 その顔に定まらない焦点を合わせてみれば。 目の前には泣きベソなどかきそうにない、大人の男の顔。 いつからだろう。義父さん譲りのこの切れ長の目にみつめられると、ドキドキするようになったのは。 ヘンだよね。 お前は俺の義弟なのに。 子供のままでいてくれたら良かった。 そしたら、こんな苦しい思いをすることもなかった筈だ。 「タイシ……?」 自分の気持ちを彼に知られそうで恥ずかしくなり、それを誤魔化すために小さく名前を口にすると、俺の呼びかけに応えるかのように切れ長の目がひとつ瞬きをした。 それから彼は、俺をみつめて真剣な顔で言ったんだ。 「ハル、好きだ」 これは…… 夢? そう、夢をみてるんだ俺。 それならいいよね? 夢の中でなら、義弟にみつめられてときめいてしまったとしても、このドキドキは俺だけのものだ。 数年前のあの時のように、誰かに迷惑をかけることも無いだろう。 小さい時の面影はあるけれど、すっかり大人になったタイシの端正な顔。 それきり何も言わずに赤くなっている彼がとても可愛らしく思えて。 何より「好き」と言われたことが、嬉しくて。 義弟を好きになってしまったと気づいてからずっと苦しかった胸の内側が、ほんわかあったかくなってきて。 フフッと、自然に笑みが零れた。 「ん、俺も好き」 躊躇わずに返事をすれば、一瞬見開いた目をスッと細めて彼も笑う。 うわ―、カッコいい。 育った環境のせいか、タイシは子供の頃から声をあげて笑わない。 その代わり、花が綻ぶように柔らかく、優しく笑うんだ。 夢でいいや。この笑顔が見られたんだから。 そう思ったらホッとして、再びやってきた眠気に逆らわずに目を閉じると、落ちていく瞼と一緒にあったかいモノが、俺の頬を伝った。 ***** タイシを庇って階段から派手に落ちたにしては俺のケガは大したことはなく、打ち身と額の生え際を五針縫った程度で済んだ。 念のため一晩病院に泊まって、翌朝すぐに退院できることになったんだけど。 ぐっすり眠れたし、いい夢みたなー。 顔が緩む俺の隣で、タイシはどうしてあんなに複雑そうな顔をしていたんだろう? まあ頭の中でグルグルと考え込むのは、彼のいつものことなんだけどね。 |