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text onepiece 短編
溜まった涙はこぼれ落ちた5(終)
それから、何日も流れるように過ぎていった。
他の仲間とは距離感が掴めたのに、ゾロとの距離感だけが掴めない。
あの翠緑の瞳の奥に揺らめく、寂しさとも悲しみともとれる感情に、サンジはどう接して良いのかを計りかねていた。
無表情を貫いているように見せかけて、ゾロの感情はその瞳が雄弁に語っている。

だから…

だからサンジは、ゾロが何に対して傷ついているのか分からなかった。
寒いと告げたゾロは明らかに何かに傷ついていて、何かに悲しんでいた。
それでもサンジには、その背中が扉の向こうに消えていくのをただ眺めていることしかできなかった。
ただ、拭いきれない違和感が残っていた。

『愛してる』

『てめぇみたいな女好きを信じられるか』

『どうしたら信じる?』

『さあな』

それはいつの記憶だろうか。

『好きなんだ。お前を手に入れられずに死ぬくらいなら、無理矢理でもお前を俺のモンにして死にてぇ』

『…俺がてめぇにやられるか』

『…』

『それよりも先に言うことがあるだろうが』

『…え?』

『お前は愛してるだの好きだのは言えるくせにその後の返事を求める言葉は言えねぇのか?』

『…好きだ。付き合ってくれ。てめぇに好きな奴ができるまででも、俺と付き合ってくれ…』

『それなら付き合えねぇな。』

『え…』

『てめぇは馬鹿だな。そんなてめぇに惚れた俺はもっと馬鹿だ。』

『…は?』

それは、いつの。
なんて都合の良い…

都合の良い?
俺はゾロが好きなのか?

当たり前じゃないか。

当たり前?

あの男が他の奴のものになるのが嫌だ。

男だぞ。

『コック』

違う。

『コック、酒』

違う。

『サンジ』

『てめぇを、てめぇだけを一番にすることは出来ねぇが、それでも俺はお前が特別だとは思う。』

そうだ。
あいつは二人きりの時しか名前を呼ばなかった。

喧嘩はあいつが腕の鈍りを気にするから、暇なときに吹っ掛けてやると刀を抜きながら口の端を上げていた。

キスをすると睨みながらも耳を赤く染め上げていた。

興奮すると戦闘時と同じように目の色を変えるのが好きだった。

「ゾロ」

ゾロの剣術が綺麗で好きだった。
無茶をするゾロを見て、一緒に戦いたいと思った。奴の野望を、止めることなどできないから。せめてその無茶を減らせるように、戦いたいと思った。
いつしか剣術だけでなく、その存在が好きになっていた。
何度も想いを告げて、付き合うことができた。

そうだ。
そうだった。


全てを思い出したサンジの脳裏を占めたのは、悲しんでいるような諦めたような顔をしたいとおしい男のことだった。

「…クソ、俺はアホか。」

重い扉に体当たりをするような勢いでサンジはトレーニングルームを飛び出した。


目の前に広がるのは藍色の空。
眼下には緑色の裾を揺らしながら歩く、ゾロの姿があった。
背筋を伸ばし、背後のサンジなど振り返りもせず前を見据えるその姿に、サンジはいてもたってもいられずに飛んだ。
金色の満月を飛び越えて、藍色の空を蹴りつけた。

「…ゾロっ!!」

サンジの呼ぶ声に振り返ったゾロの瞳が驚愕に見開かれる。
スカイウォークで衝撃を殺して地面に降り立つと同時に、サンジはゾロのことを抱き締めた。
腕の中に収まったゾロはピクリと動いただけでサンジから逃げようとはしなかった。

「忘れて…不安にさせて悪かった。」

「思い出したのか」

「ああ」

そうか、とゾロは小さく呟いた。
腕の中の温もりから力が抜けた。
そうか、と再び呟いたゾロはサンジの肩に頭を乗せた。

じわりと肩が温かくなる。

そうかと、ゾロはそれだけしか呟かなかった。




「皆迷惑かけたな」

「サンジ!記憶戻ったのか!」

「ああ。」

「つっても迷惑なんかかけられてねぇけどな!サンジなんでも自分でできてたしな〜」

「あんたたちは何よりも先にごめんなさいでしょうが!!」

「「「ごめんなさい!!」」」

「記憶が戻って良かったわ。」

皆に囲まれたサンジに、チョッパーが耳打ちをする。

「ゾロもサンジが頭打ってからずっと機嫌悪そうにしてたんだ。」

きっと本当はすごく心配してたんだと思う、とチョッパーは一人離れたところで素知らぬ顔をするゾロをちらりと見て、秘密を教えてくれるようにそう告げた。
ぱちりとサンジは目を瞬かせ、それから知ってるさと笑った。

「ちゃんと“いつものゾロ”に戻せてるだろ?」

そう教えてやれば、チョッパーは本当だ!と大きな声をあげた。

「サンジがやったのか?」

どうやって?と純粋な瞳に尋ねられ、サンジはナイショと口許をあげた。

「悪ぃなチョッパー、こりゃ誰にも教えられねぇんだ。」

その涙を拭うことのできる特権を、誰にも渡すことはできないから。

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あきゅろす。
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