text onepiece 短編
溜まった涙は零れ落ちたU
「で、どこまでの記憶はあるのかしら?」
ロビンの問いかけにサンジがビシッ!と片手を上げて答える。
記憶を失っても女好きは変わらないらしい。
「は〜い、綺麗なお姉さん!15の夏までの記憶はあります!」
なるほど、そりゃ女好きも治らないはずだ。
「15歳ね…。船長さん、サンジには私達の記憶は全く残っていないようだけど…どうするのかしら?」
振られたルフィからはピリピリとした殺気のような覇気すら漏れていた。
それでもその漏れだした覇気で倒れるような奴はこの船にはいない。
記憶を失ったサンジですらも眉を顰めただけで済ませた。
「サンジは俺の仲間だ。記憶が無くたって仲間だ!!」
「…サンジ君の気持ちを聞かないで無理強いは駄目よ。」
「嫌だ!!サンジは絶対降ろさない!!」
ナミもルフィの覇気に怯むことなく言葉を挟むが、ルフィは止まらない。
誰もサンジを船から降ろしたい訳ではないのだ。
ルフィの気持ちだって痛いほど分かる。
皆がサンジの回答に注目した。
「ジジィはまだ死んでねぇんだよな?」
サンジの声は真剣なものだった。
「…あぁ。」
それに返すルフィの声は真剣というよりは固い。
「俺はジジィの恩返しをやめてでも船に乗ったんだろ?」
「…あぁ。」
「なら俺は降りねぇよ。俺が決めたことなんだ。それにもし船を降りてから記憶が戻ったら追うのが大変だろ。」
「………あぁ。」
ルフィの覇気が緩んだ。
黒の瞳にじわりと涙が滲む。
そこからは自己紹介と昔話を夜までし続けた。
途中、サンジが作った夕食を皆で取った。
記憶を失ってもコックのメシはいつもと変わらずうまかった。
「ゾロ、だったよな?」
「……………あぁ。」
宴のような馬鹿騒ぎの中、コックは俺に話しかけてきた。
いつも通りにタバコを咥えた、いつも通りのコックにしか見えない。
「俺とお前って仲悪かったんだってな。」
「……あぁ」
「三刀流の剣士ってのは?」
「…そうだ。」
どんな風に戦うんだよ、と笑ったサンジからタバコの匂いがした。
「っと、悪ぃ。タバコの煙嫌いなんだろ?」
タバコの煙に一瞬目を細めたゾロを見て、サンジはタバコを揉み消した。
「…誰から聞いた?」
「そこの鼻の長い…ウソップだ。嫌いじゃねぇのか?よく喧嘩しては嫌がらせでタバコの煙を吹きかけては咽てたって聞いたけど。」
「…好きではなかったな。」
「そっか。」
メシ、ご馳走様でした、と声を掛けてゾロはトレーニングルームへと上がった。
ゴツ、ゴツ…
ブーツの重い音と、遠くなった話し声が耳に届く。
コックは…急に話を切り上げた俺を訝しむだろうか?
もしかしたらロビン辺りには様子がおかしいと気付かれてしまったかもしれない。
確かに喧嘩ばっかりだった。
タバコの煙だって好きではなかった。
だけど、ゾロはサンジと、付き合っていた。
皆から隠れてキスも、愛の営みも行っていた。
キスをするときの苦いタバコの香りは嫌いでもなかった。
喧嘩の時、ふうっとかけられる紫煙には“そろそろ機嫌直して”なんて、二人にしか理解できないような意図が隠されていた。
いつも咽せてはサンジをじろりと睨み、ちょっと情けないような笑みとキスをしたときのような香りに密かに溜飲を下げていた。
そんなこと、サンジとゾロの二人以外知らなかっただろう。
サンジは記憶を失っても皆の中に溶け込んでいた。
もしもこのまま記憶が戻らなくても、まるで今までと同じように振る舞うだろう。
けれど、ゾロとの関係は“ただの仲間”にしかなりえない。
元々、どっかに頭でもぶつけておかしくなったのか、あの女好きからの告白で始まった関係だった。
頭をぶつけて正常に戻ったのだとしたら、もうあの馬鹿がゾロを好きになることはないだろう。
最初に戻っただけ。
……それだけだというのに、ゾロは鍛練をする気になれず、床の上に毛布を引いて寝た。
トレーニングルームで寝る時はほぼ必ずと言っていいほどサンジも一緒に寝ていた。
久しぶりの一人の夜は…ほんの少し、寒かった。
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