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命ーミコトー
9
あれから3日経ったが、蓮見からの連絡は無かった。
私からも連絡するのが怖くて、何もしないまま時が過ぎていった。
私は、本当に怖かった。もしかしたら、蓮見も瑠璃さんの思い通りにコントロールされているかもしれない。
しかも、そのもしかしての割合がかなり高い。
私はついにその重みに耐え切れなくなり、藤家に電話した。
途中で泣き出してしまった私に藤家は驚き、すぐに家に飛んできてくれた。


「榊…。」


息を切らしながら藤家が部屋の扉を開けた。藤家はベッドの脇で小さくうずくまる私を見つけた。


「藤家…私、本当に…。」


藤家は何も言わず、ただ頷いていた。言わなくていいよ、とでも言うように。
藤家は私の目の前に腰を下ろすと、私の手を握り、さすった。


「『洗脳』か…。それは恐ろしい力だね。」


藤家は眉をしかめながら呟いた。


「しかもその瑠璃っていう女は、榊を、ミコトの巫女を狙うために動いている。なりふり構わず。どういう風にその力を使っているか…。」


私は想像してゾッとした。蓮見を失うかもしれない。
そう思うと、目の前が真っ暗になるようだった。
そんな様子を察してか、藤家は少し明るい声で言った。

「大丈夫。何とかなるかもしれない。いや、何とかしよう。とりあえず、怖くても蓮見先生に会いに行かなきゃね。」
「…うん。」
「とりあえずその目冷やさなきゃ…。ひどい顔だから。」
「むっ!ひどいって女の子にそんな事言わないでよ。」


私が藤家を睨みつけ、グーで藤家を軽く殴ろうとした。
藤家は軽々とその手を避け、そのくらい元気なら大丈夫だな、と笑いながら言った。
早く藤家に連絡すればよかったのだ。だけど…蓮見のことで私は藤家に連絡しづらかったんだ。
気がつかないフリをしているけれど、藤家の気持ちはちゃんと分かっている。
そうして、私が蓮見をどう思っているかも藤家は気づいているはずだから。
でも、その考えは藤家に失礼だったかもしれない。そう思った。


3日ぶりの蓮見の家は、何だかまだそれだけしか経っていない事が信じられないぐらい久しぶりな感じがして、何だかひどく緊張した。
チャイムを押す手が震える。


「榊…。」
「大丈夫、大丈夫だから。」


私はひとつ深呼吸をして、チャイムを押した。
私の気持ちとは裏腹に、チャイムの音は明るく響く。
しばらくして蓮見が出てきた。見た感じ何も変わらない姿に少しほっとする。


「おっ?榊に藤家。」
「おっ、じゃないわよ!」


私は蓮見の腕をパシンと叩いた。蓮見は大げさに痛そうなそぶりをする。普通だ。

「何だよ急に、痛いじゃねえか。」
「何だよって、蓮見がいけないんじゃない!連絡待ってたのに、全然してくれないから!」
「は?」


蓮見はポカンとした顔で言った。


「連絡?何のことだ?」
「とぼけないでよ!3日前に蓮見が言ったんじゃない。」
「3日前?お前ボケたのか?夏休みに入ってから一度も会ってないのに。」


その言葉に私の顔は固まった。


「そもそも、そういえばお前らなんで俺の家知ってるんだ?企業秘密のはずなのに。職員室にでも忍び込んだのか?」

私は藤家と顔を見合わせる。藤家も暗い表情をしている。

「それに、その顔ぶれ。榊も藤家も隣のクラスだから面識はあるかもしれねえが、何で夏休みに一緒にいるんだ?」
「蓮見…。」
「あっ、もしかしてお前ら付き合ってるのか?」


その言葉に私の心は砕け散った。頭を鈍器で打たれたような衝撃が走る。
蓮見の口から言われたあまりにも残酷な言葉。間違いなかった。
もう蓮見は瑠璃の策略に落ちてしまっていたのだ。


くらりと眩暈がした。藤家は私を支えるように肩にそっと手を置いた。そこではっとする。

そうだ、ここで諦めてなどいられない。そんな事をしたらそれこそ瑠璃さんの思惑通りになってしまうのだ。

「誰か来たの?」


蓮見の後ろで女の人の声がした。その声は聞き覚えがあって…。


「おい、ちょっと来るな。」
「え?」


蓮見の止める声も聞かずに後ろから現れてきたのは新藤先生、その人であった。


「新藤…先生…。」


新藤先生は私の姿を見ると、鼻で笑ったような顔をした。
優越感を覚えているのだろう。多分、この人は私の気持ちに気づいているから。


「おい、何で出てくるんだろう。生徒にバレるだろう?」


蓮見がため息をつきながら頭をかいた。私は恐る恐る蓮見に聞いた。

「蓮見、新藤先生と蓮見って…。」

蓮見はあせったように口を開こうとしたが、新藤先生は蓮見の背中をポンと叩いてそれを止め、代わりにニッコリ笑って口を開いた。

「お付き合いしてるの、私と蓮見先生。」

そう平然と言ってのける新藤先生に私は恐ろしさを覚えた。
ショックでないといえば嘘になるが、それが蓮見の本当の気持ちではないと私は知っているから。
そうだと分かっていても、照れたように新藤先生に向けられる蓮見の表情は甘いもので、心がざわざわとして、気分が悪くなった。

「大丈夫よ、陽杜。榊さんも藤家君も話したりするような子ではないわ。そうでしょう?」
「ああ、そうだな…。この二人なら大丈夫か。」

ああ、新藤先生、蓮見のこと陽杜って名前で呼んでいるんだ。
そうだよね、嘘だとは言え、恋人同士だもの。
いや、現実には真実になってしまっているけれど…。

私は泣きそうになるぐらい心が怒りで震えた。
多分、私の顔は今真っ赤だろう。ひどく醜いものだろう。
だって、3日前にはその隣には私がいた。名前を呼んでいるのは私だった。
その微笑を向けられていたのも私だった。私だったのに!

「榊さん?顔が赤いようだけど、大丈夫?」

理由が分かっているはずなのにさぞ心配そうに顔を覗き込んでくる新藤先生に、更に顔がカッと赤くなるのを感じた。
行き場の無い怒りで全身が震えていた。

「い、…いつから付き合っているんですか?」

新藤先生はクスリと笑って、蓮見のたくましい腕に細い腕を絡めた。

「本当に最近なのよ?ちょうど夏休みが始まったくらいかしら。」

3週間前…。私たちの周りが動き出したときだ。
ちょうど、私や藤家、そして過去に関わった頃の記憶が書き換えられてしまっているのだ。それが分かった。

私は縋る様な目で蓮見を見つめた。
いつも私が見つめると、見つめ返してくれる筈のあの優しい目は、私を見てはくれない。ただ、新藤先生だけを見つめている。
私は居たたまれなくなった。もう立っていることもやっとなのだ。



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あきゅろす。
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