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命ーミコトー
7
「お…終わったぁ」

 糸が切れたように命はそのまま机に突っ伏した。その身体の隙間からプリントを抜き取ると隣の机で採点をしていった。その丸付けをする手を命はじっと見つめていた。
 

 大きな手だな


 あの手で撫でられると、心がくすぐったく、温かな気持ちになるのだ。
手って、『手当て』という言葉があるとおり、色んな力があるのかもなぁ…。


「ん。よろし。まあ、少々惜しいところはあったが、今日はこれで勘弁してやろう。お疲れ様」


 そのまま手が伸び、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかきまぜられる。


「ちょっと!おぐしが!」
「頭がよくなるまじないだ」
「いや、脳細胞死ぬって、馬鹿力」
「素直じゃないな、嬉しいくせに。にっしても、お前髪の毛何もやってないんだな」
「何。手抜いてるって言いたいんですか」
「いや。日本人らしく真っ黒、真っ直ぐ、サラサラでいいんじゃない。お前黙ってれば大和撫子っぽいし」
「大和撫子って。いつ時代よ」
「一見頭も悪そうには見えないしな…」


 反論しようと口を開いた瞬間、キュルルとお腹が鳴った。


 は、恥ずかしい…


 顔を赤くし俯く命の様子を見て、蓮見は腕の時計を見ながら笑った。

「もう十二時過ぎたもんな。珍しく頭も使ったようだし。頑張ったお前にご褒美として、蓮見先生が奢ってやろう」
「え!本当?」
「だが、他の奴らには内緒だぞ。たかられたらかなわねェ」
「うん!」
「ただし、期待すんなよ」
「うんうん!」


 まさか昼飯奢りというオプションまでついてくるとは。たまには頑張ってみるのも悪くはないかな、と思う榊命であった。


……が、


「期待してませんでしたよ。」
「ズズズ…」
「期待してませんでしたけど!」
「ズズズズ…」
「これはないでしょう。」
「ズズズズズズズズ……」

 蓮見に奢ってやると命がついていって連れてこられたのは数学の準備室。

 食堂じゃないのか、と思ったけれど、もしかして出前とってくれるのかな、なんて期待してイスに座って待っていたら、目の前に持ってこられたもの。

 それは…

     ○清のどん○衛 きつねうどん


 しかもダンボールの中から取り出されたやつ。


「これ、元々ここにあるやつだよね?しかも賞味期限間近だし。全然おごりじゃないじゃん。」
「なんだ、別に食いたくなかったら食わなくてもいいんだぞ。」
「いえ、頂きますけど!」

 ぶつぶつ言いながらも命はズズズズ、と音をたてて勢いよく麺をすすった。

暑い。

このクーラーのない暑い部屋で、熱いきつねうどんをすするのだ。何てことだ。それでも食べるけれど!


「ズズズズズズズズズ…」
「まあ、しかし勢いよくすするな。普通女ってもう少し男の前とかだと大人しく食べないか?」
「何か悪いですか?麺はすするのが醍醐味でしょっ」

 命は箸でビシッと蓮見をさして言いきったが、鼻で笑われてしまった。むかつく。

「さすが命ちゃんだな。」
「……名前で呼ばないで。」
「嫌いなんだっけ?この名前。いい名前なのに。」
「散々笑ったじゃないですか。」


今だに根に持っているのだ。あんなにも無遠慮に笑ったのは目の前にいるこいつだけである。
まあ、もしかしたら今日私も藤家に対して同じくらい失礼なことをしてしまったのかもしれないのだが。


「笑ったっけ?」
「笑いましたー。何きょとんとした顔してるんすか。私の純粋な乙女心はひどく傷付いたんですからね。」

 それは悪かったな、と蓮見はニヤニヤ笑いながら言った。この男、絶対悪いとなんか思ってない。

「そういえば榊、お前夏休みどこか行ったりしないのか?」
「ズズズ…何でですか?」

一旦箸を休める。

「いや、おみやげ目当て?」

 その答えがあんまりにも蓮見らしく、命は呆れて笑ってしまった。

「とりあえず予定はないですけどー。ていうか、美嘉も有里もちょうど私が補修終わってヒマになるくらいの時に、彼氏と旅行に行っちゃうらしいし。」
「美嘉と有里?ああ、安池と松下か。…榊、お前は彼氏とかいないのか?」


出たよ、そういう話題、私の一番嫌いな…。
命は盛大に顔をしかめた。

「何だ、お前その顔」
「この顔が答えですよ。どうせ私もてませんし。何です、いなくて悪いの!?」

 逆切れめに答える命に、蓮見は口元をゆるめた。

「別に悪かねェよ。むしろ、そういうのに真面目に真剣な方がいいんじゃねェのか。いるからってえらいわけじゃない。自分のこと、やすくしない方がいいからな」
「ふぅーん」
「何だ、ふぅーんって…」
「いや、意外だなって思って」
「そうか?」
「うん。名前のときみたいに馬鹿にされるかなって思った」
「いや、そん時は悪かったって。それより話は戻ってさ、家族旅行とかはいかないのか?」
「家族旅行?」

 そうだ。旅行の話をしてたんだっけ?

「それもないよ。うち空けられないんで」
「何だ?お前の家自営業か何かか」
「自営業っていうか、しきたりっていうか…」
「しきたり?お前そんな古い家柄のいい家のお嬢ちゃんか?」
「いい家はともかく、古い家であることは確かだけど…」
「お前んちか…高校だと家庭訪問なんかもないからな。特別にしてやろうか?」
「いいです!いいです!」
「そんなに拒否されるとますます気になるっていうか…」
「もう、本当!いいって!」

 命がここまで拒否するにはそれだけの理由があった。本人の中では。自分の家を誰にも知られたくないし、見られたくもない。
別に某ドラマのような家が極道か何かというわけでもないが。言うなれば、トラウマか。小学生のときのトラウマのせいで、それ以来どれだけ仲のいい友達も家に呼んだことはない。家が何をやっているかは命の大切な秘密。

そしてもう一つ、守らねばならない秘密がある。
命は一気に残っていたスープを飲み干した。

「それじゃ蓮見!私もう帰るから。また明日!さようなら!」
「あ、ああ。」

 命は立ち上がりカバンを肩にかけると、急いで数学資料室を後にした。蓮見が軽く手を振ったのを横目で捕らえながら。


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あきゅろす。
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