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命ーミコトー
6
―――前言撤回

「またそこ間違えてる。さっき説明したよね」
「………」
「学習能力ないの?脳ちゃんと機能してる?」
「………」
「何で掛け算間違えるんだよ。もう一度九九からやり直してこい」
「………」

 す、スパルタだ……

 言葉が矢のように無遠慮に心に刺さっていく。しかし、反論できない。全くその通りだからだ。
藤家から勉強を教えてもらい始めて早一時間が経過しようとしている。もう周りの生徒も課題を終わらせて、数人しか教室には残っていない。気持ちはあせる。だが頭はついていってはくれない。

「ちょっと、手動かせよ」
「ああ、もう手が言う事を聞いてくれない」
「言う事聞かないのは手よりあんたの頭だよ」

 もう藤家も教え疲れしたようで、ため息ばかりが漏れる。ごめん、謝ることしかできない。


「で、次はどこが分かんないの」
「……とりあえず、ここ」
「とりあえず、ね」


 もう命の『とりあえず』は全部が分からないって言う事を理解しているようで、諦めた様な顔でその部分を見てくれる。
命の能力がないだけで、藤家自身すごく教えるのが丁寧で分かりやすい。嫌味とか文句が一々入ってくるのは残念だが。
教卓で居眠り始めたあの教師の説明よりもすんなり理解ができる。

「いや、藤家、すごいね」
「褒める暇あったら理解しろ」

 それでも亀よりも遅いのろのろペースだが、徐々にだが要領も分かってきた。

「あ、もしかしてさ、ここは、こう?」

 命は自分の力で試しに解いてみた。一応きれいな数値になったので藤家を窺うと…

「うん、合ってる。やればできんじゃん」

 ふわりと柔らかく藤家は笑った。いつも張り詰めている空気が一気に解かれた。こんな雰囲気持っていたんだ…。
思わず命が見惚れていると、一気に藤家の眉間にしわが寄った。

「なに」
「いや、失礼ながら可愛いな、と思いまして」
「可愛い?」

 更にしわは濃くなる。

「そんなこと言われたことない」
「だよね。藤家って可愛いって言うか、きれい?美人系だし」
「ああ、それは言われるな」

 どちらにせよ、男が言われて嬉しいものでもなさそうだが真顔で藤家は肯定した。よほど頻繁に言われているのだろう。そう言って嫌味にならないのが、何ていうか…。

「でも、あんまりそう言われるの好きじゃなさそうだね」
「男でそう言われて喜ぶやついるか?」
「いや、じゃなくてさ。何か、好意自体持たれるの嫌そう」
「………」

 

………しまった

 そう思ったときにはもうすでに遅し。

「何で?」
「え、いや」
「何でそう思う?」

 藤家の瞳は様々な感情が入り乱れて揺れていた。怒り、焦り、困惑、悲しみ、そして喜び。気まずい沈黙が二人の間を流れる。
その空気を良くも悪くもぶち壊してくれたのは、もちろんこの方だった。


「おい、もう教室残ってんのお前等だけだぞ」

 二人ともはっと我に返った。確かに周りを見渡せば、教室はガランとしていて、時計を見れば12時近かった。そういえば、おなかも空いているような。

 ガタッと、藤家が立ち上がりカバンを取った。

「先生、すみません。俺用事あるんで、これで失礼します。この後は先生が榊の見てあげてください。」

藤家は早口でそう言うと、命の方をチラリとだけ見て、足早に、まるで何かから逃げるようにして教室を出て行った。

 あまりに考えなしに自分の思ったことをズケズケと言ってしまったかもしれない。藤家は怒っただろうか、傷付いただろうか。そう考えて、命は少し落ち込んだ。

「何か、あったのか?」

 蓮見が先ほどまで藤家の座っていた席に座ってたずねた。

「怒らせちゃったかもしれない。」

 命は藤家の出て行ったドアを見つめながら言った。誰だって人に言われたくないことや、触れられたくないことがある。少し話せたのが嬉しくて、藤家のそんな部分に土足で踏みこんでしまったのかもしれない。

 目に見えて落ち込んでいる命を見て、蓮見が大きな手でその頭を撫でた。

「でも俺は、あいつが誰かと、しかも女とあんなに楽しそうに話していたのははじめてみたぞ。
あいつの担任じゃないからいつも見ているわけじゃないが、いつも一人でぼんやりとただ座っているのしか見たことがない。
明日また会えるんだ。もう一度話して、何か怒らせちゃったなら謝ればいいんじゃないか。」
「うん、そうだね。ありがとう、蓮見。」


蓮見はニッコリと笑った。その温かな笑顔で命の心も少し元気になった。

「さあ残りの問題、あと三十分で終わらせるぞ。」
「はあい、蓮見先生。」


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