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命ーミコトー
3
新藤先生は蓮見の袖口をくいっと引っ張った。

「もうお昼ですよ。お腹がすいたでしょう?一緒に食べませんか。」

すると蓮見はああ、と呟きながら時計を見た。

「確かに。そう言われればお腹がすきましたね。
それじゃあ、榊。とりあえずそれは俺に任せて安心してお前は勉強しろよ。」
「う、うん。」


蓮見は軽く手を上げると、背中を向けて校舎のほうへと向かっていった。
新藤先生は私のほうをじっと見て、立ち止まっている。


「榊命さん、だったかしら?」
「はい。…なんですか?」


新藤先生はフッと目を細めて、何だか私を馬鹿にしたように見てくる。

「蓮見先生はあなただけの先生じゃないんだから、あんまり迷惑かけちゃだめよ?」


教師の仮面をかぶった一人の女の姿だった。私はひどく息苦しくなった。
そんな様子の私を新藤先生はフッと笑い、今度は少しはなれたところにいた美嘉に目を向けた。

「安池さん?呼び出して悪かったわね。これからお昼だから、少し待っててくれるかしら?」
「な…!」

美嘉は顔を赤くして新藤先生を見たが、すぐに唇をかみしめた。
この女を相手にするのも嫌なのだろう。そして、一息つくと冷静な顔をして言った。

「分かりました。でも、新藤先生がさっき命に言った言葉をそっくりそのままお返しします。
私はただの一生徒なので、先生の何者でもありません。
先生は大人なんだから、私達高校生よりずっと分かっているでしょう?」


今度は新藤先生が赤くなる番だった。新藤先生は私達二人をジロリと睨むと、蓮見を追うように小走りで校舎へと入っていった。





蓮見が職員室へ向かって廊下を歩いていると、後ろから新藤が追いついてきた。少し息を乱している。

「新藤先生?別にそんなに急いで追いつかなくても良かったのに。」

蓮見がそういうと、新藤は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「すみません。少し、生徒に話がありまして、ね。」

新藤は肩をすくめて言った。微笑んではいるが、内心命と美嘉へのイライラを募らせていた。
だが彼女も立派な大人の女である。そんなことはこれっぽっちも出さずに隠していられる。

「もう、いいんですか?」
「ええ。それより、蓮見先生?」
「どう、しましたか?」

新藤が目を細めて笑った。何だか少しいつもの印象とは違う新藤に、蓮見は違和感を抱いた。

「さっきの、榊さん。蓮見先生、たいそうお気に入りのようですね。」


少し緊張した空気の中で何を言い出すかと身構えていた蓮見は、予想外の言葉に胸を撫で下ろし、少し笑った。

「榊ですか?ええ、去年から担任として受け持っていましてね。
いや、なかなか面白くて可愛いから、ついついからかってしまうんですよね。」
「教師として、ですか?」

首をかしげて聞いてくる新藤に、蓮見は内心少しドキリとしながらも頷いた。

「そうですか。それならいいんですけど。いや、ね。あのぐらいの女の子って年上の男性に惹かれたりする事があるじゃないですか。
学校ではやっぱりその対象は若い男の先生にね。
でも、教師と生徒だし、大人と子供。何か間違えがあるなどは絶対に避けなくてはいけませんよね?
まあ、蓮見先生に限ってどうはならないでしょうし、安心ですけどね?」


新藤はクスリと笑って、少し驚いたように固まっている蓮見の肩にそっと触れた。


「さあ、蓮見先生?早く行きましょう。」
「あ、はい。」


大人と子供、か。
確かに俺と榊は8つも離れているからな。
それはそうだろう。
分かっている、よく。


蓮見は少しため息をついた。そうして、新藤と一緒に職員室へと向かった。






「命、大丈夫?」

新藤先生が立ち去って、美嘉は心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は頷いた。

「全く、女子生徒からあの人評判悪いからね。清々しいほどの男子贔屓だから、全く。」
「…だろうね。」
「あーあ。何で私あの人と血が繋がってんだろう。全く…身内とは思えないよ。」

盛大なため息をつきながら花壇に腰掛ける美嘉を見て、私は少し笑ってしまった。

「あ、笑ったな?全く、笑い事じゃないのに。」
「ごめんごめん。いや、私もあの人ダメだなっと思って。」
「おっ!珍しいね、命がそんなこと言うなんて。」
「そうかな?」
「そうだよ!」

美嘉は力説するように右手をグッと握った。

「ああ、でも蓮見取られると、あんたもね…。」
「え…?」


キョトンとしている私を見て、美嘉は信じられないものでも見たような目で私を見た。

「美嘉、何よその目は…」
「いや。本当にあんたは、本当に分かってないの?」
「何が?」


私はドキリとした。美嘉はじっと私の目をみつめ、軽くため息をついて肩をすくめた。

「分かってて、気づいていないふりしてんのね。自分を守るために。」

美嘉は立ち上がると、ポンと肩を叩いた。

「命。後悔だけはしないほうがいいよ。」
「美嘉…。」


美嘉はニコリと笑うと、「じゃあね」とヒラヒラ右手を振りながら校舎へと入っていった。
残された私はぼーっと花壇の色とりどりの花々を見ていた。


「分かってる…?」


確かに、自分の心の中のわずかな変化を内心うすうす気づいてはいる。
だけど、それに名前をつけるのが怖かった。


「それに、今はそれどころじゃないし…」


私はそう自分に言い聞かせ、職員室のある窓のほうへチラリと視線をやると、すぐに背を向けて校門のほうへと歩いていった。



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あきゅろす。
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