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命ーミコトー
16
「すみませんでした!」

 蓮見の部屋で、床に額をこすりつけるようにして謝っているのは、先ほど蓮見を殴った我が父である。

「いや、いいんですよ。説明しなかった俺が悪いんですし。気にしないでください。
榊さんが(お父さんと呼ぶとまた怒られそうなので)怒られるのは、娘を愛する父親としては当然なことでして。」

 ははははは、と乾いた笑いをもらす蓮見。
その頬は腫れ上がっており、氷で冷やしている姿はとても痛々しい。
口元がピクピク引きつっている。相当痛かったのだろう。何せ、馬鹿力なのだから。

「まさか、命の担任の先生様で、わざわざ部屋まで貸してくださって、勉強まで教えてくださっているとは…。
しかも、あの伝説の光の狛さまだとは。
そんな方に手を上げてしまって、もうご先祖様になんと顔向けしたらよいのやら。」
「お父さん、もう顔上げてよ。もともとは、全て私が悪いんだし…。」
「当たり前だ!」

 父はバッと顔を上げると、私の頭をげん骨で殴った。
あまりの痛さにしゃがみこんでしまう。すると、慌てて藤家が私に走りよってきた。

「榊、大丈夫?」
「ん?」

 父は腕組みしてしかめっ面をしながら、今度は藤家に目を向け、難癖をつけ始めた。

「蓮見先生は分かったが、この坊主は何だ?随分なれなれしいな。」

 藤家は落ち着き払って父の目の前までいき、丁寧に頭を下げた。

「はじめまして、榊のお父さん。僕は榊さんの同級生で藤家月音と申します。実は、僕が影の狛でして。」

 にっこりと藤家が笑った。こんな社交的で愛想が良い藤家なんて初めて見て、何だかその姿を不気味に思ってしまう。
しかも、僕って…。
チラリと父の顔色を伺ってみると、しばらくまだしかめっ面をしていたが、にかっと歯を見せて笑った。

「そうか、そうか。君が影の狛か。いや、お目にかかれて光栄だよ。」

 父はうれしそうに藤家の手をとってブンブンとまわした。蓮見相手と何だかえらい違いだ。

「それに藤家って、あの日舞のお家だね。いやあ、私も見に行ったことがあるけどね。」
「はい、あの、桔梗って名前でやっているんですが、ご存知ですか?」
「桔梗、桔梗…ああ!桔梗か!」

 いつの間に父はそんな伝統的な和なものを見に行ったりしていたのだろうか。
勝手に藤家と二人で会話をはずませてしまっている。
私はその様子を口をポカンと開けて見ていた。

 はあ…

 盛大なため息が聞こえた方を向いてみると、蓮見が氷を頬に当てながら今度はこちらがしかめっ面をしていた。
藤家の方を恨めしく見ている。それはそうだ。こんだけ待遇が違うのならば…。


「蓮見、大丈夫?」

 私は蓮見のすぐ隣に腰を下ろした。蓮見は力なく頷いた。
どうやら何だか色々ありすぎて、ついていけていないみたいだ。

「ごめんね、うちのお父さんが…」
「いや…。」

 蓮見は腫れてない方の口元を少し上げた。

「月音くん!」

 いきなり父が大きな声を出したので、私たちは反射的にそちらの方を向く。見ると父親が藤家の肩を掴んでいた。

「いやあ、君のような美男子な彼氏がいて、私はもう安心したよ。」

は…?

「いや、あの、僕は…」

 藤家も少し困ってるようで、誤解を解こうとしているのだが、我が父は人の話を聞かないという欠点がある。

「いやね、命は本当に男っ気がないと言うか。全くそんな話も聞いたこともないし、様子も無いから、少々心配していてね。
普通、男親というものは、その、娘の恋愛沙汰には敏感になるはずなんだが。
君が、うちに婿に来てくれるのは大いに大歓迎!嬉しいよ!」


 む、婿?段々話が大きく膨らんで、戻れなくなってきているけど…。
私は慌てて二人の間に入った。

「ちょっとお父さん!」

 私はとりあえず藤家の肩から父親の手を離した。
けっこう力強く握っていたようで、藤家は離れた瞬間少し肩をさすっていた。

「何だ、命。」
「あのね、藤家とはそんなんじゃなくてただの友達なんだって。」

 父は一瞬止まったが、すぐに大口を開けて笑い出し、私の背中をバシバシ叩いた。あまりの強さに少し咳き込む。
これは半分DVなんじゃないのか?

「そんな、照れなくってもいいぞ。父さんはちゃんと分かっているから、な?」

な?って笑顔で言われても…。


すると、藤家が私の背中を軽く叩いた。振り返ると藤家は少し頷いた。
俺に任せろ、ということだろうか。
きっと私が何と言っても父は信じてくれないだろうから、ここは藤家に任せることにして、私は一歩退いた。


「お父さん…」
「何だい?」
「命さんは、僕に任せてください。」

 胸を叩いてみせる藤家は立派に見えるが…

「いやいや、おいっ!」

 二人は何の意味を持つのだろうか、握手までしてしまっていた。

 私はこの誤解によって進められている話の中心人物であるはずなのに、完全なる蚊帳の外。
私の抗議など全く聞き入れられてもらえなかった。
そして私と蓮見は訳が分からないまま、置いてけぼりをくらうのであった。


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