命ーミコトー 9 私が夜琴に出会ったことは、蓮見も藤家も知らない。 だが、どこか私の様子がおかしいとは気づいているようだった。 常に私のそばには蓮見か藤家がいて、私が一人にならないように見張っているようだった。 私のことを心配してくれているのだろう、ということは分かっている。もちろんありがたくも思っている。 だけど、特に藤家の監視の仕方は異常で、正直息苦しく、ウザイ。 「藤家、近いんですけど。」 藤家は私の背中にぴったりと自分の背中をつけている。これが、彼の見張りの基本体制だ。 「近い?どこが?」 「どう見ても…ねえ、本当、暑いから。」 「じゃあ、クーラーの温度下げれば?」 「いや、あなたが退いてくれれば全て済む話だから。」 藤家は少し不満げに背中を離し、代わりに私の真正面にやってきた。 そして、私の目をじっと見つめる。淡くて、深い、藤家の瞳。 「な、何?」 「だって…」 『そうでもしなければ、私の元からお前は離れていってしまうだろう?』 え…… 一瞬、誰かの顔が、声が、藤家のものと重なった。これは、何かの記憶。 でも、私のものではない。だが、それは本当に一瞬のことで、もう顔も声も思い出せない。 だけど、それは藤家のものと違っていて、どこか懐かしさを感じた。もやもやとした何かが、私の心の中で渦巻いた。 「榊?」 藤家の声でハッと我に返った。 「大丈夫?」 「あ、うん。平気。暑くてボーっとしちゃっただけ…。」 そう私が返すと、藤家は少し寂しそうな表情をした。 「榊。俺じゃ、頼りない?」 「え?」 藤家は少し苛立ったように、前髪をかきあげた。 「だから!」 藤家はじっと私を見た。そして、少しため息をつくと、落ち着いた調子で言った。 「……何かあったら言って。隠し事とかはしないで。」 ズキッ 罪悪感から、私の心が痛んだ。 そんな空気を破ったのは、やっぱりあの人だ。 「愛しの生徒よ!元気にしてるかい?」 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、そう、蓮見だった。 「うわー、そのテンションうざいわ…。」 「何だ!ひどいぞ榊!」 「本当、暑苦しいですね、先生。」 「ふ、藤家まで!」 蓮見は打ちひしがれたポーズを取り出した。 そういうポーズって、こう頭を両手で抱えて、両膝をついて。 いつもの蓮見のお約束のポーズだ。 「何なんだ、お前ら。俺は仮にも教師なんだぞ!」 「蓮見、よくそれで教師になれたね。」 「そこ!?そこじゃないだろう…。何?俺はいつからそういうポジションになったんだ?いじり担当でいじられ担当ではなかったはずだが。」 その問いかけに、私も藤家も無言とつめたい目線で答えた。 本当に、どうして教師になれたのだろう、こんなんでも大人になれるんだな、と私は思った。 「で、先生。何か用なんじゃないすか?」 「ああ!そうだった。」 藤家の冷静な声で、蓮見はピシリと私たちの方へ向き直った。 「お前ら、今から書庫に行くぞ。」 [*前へ][次へ#] [戻る] |