命ーミコトー
8
何だろう…、ここはどこだろう…。
私は森の中にいた。大きな木にもたれ、誰かを待っている。
「ミコト!」
そう、この声の人だ。私はその人のほうへ振り向いた。心が弾む。早く会いたかったのだ。
「夜琴!」
急いでかけてくるのは、あの人。白い肌に汗をにじませながら、私の方へやって来た。私はその人の胸に飛び込んだ。キレイな手が私の髪を撫でる。
「待ったか?」
「ちょっとだけ。」
私は顔を上げて、夜琴の顔を見る。赤い瞳が目に入る。私の影響で赤くなったその瞳を。
「何だ?」
「その目、嫌でしょう?ごめんなさい、私のせいで。」
すると、夜琴はやさしく笑った。
「何を言っているんだ。お前がいなくちゃ私はいなかった。この目も気に入っているぞ。お前と同じ色だからな。」
「夜琴…。」
夜琴は私の目を覗き込んだ。そして愛おしそうに微笑む。
「美しい…瞳。」
私の視界は真っ暗になった。
何だろう。あたたかい。心がほんわかしてくる。このままこうしていたい。
暗闇の中から、小さな光が差し込めてきた。私はその方向に向かって歩く。だんだん、その光が大きくなっていく。出口は、ここだ。
出口を出たとき、体にあたたかい光がさしこめた。ああ、分かった。この光は…
「太陽…」
ぼんやり目を開けると、そこはあの山の中ではなかった。蓮見の家の私の部屋だ。
いつの間に戻ってきたのだろうか。
「あ……。」
すぐ隣を見ると、蓮見の顔があった。目を閉じている。
寝ているのだろうか。今までこんなに間近で見たことは無かった。
藤家みたいに色気があったりだとか、完璧に整っていて美人だとか、そういうタイプだはないのだけれど。何だろう。
この人の顔は、人を惹きつけるものがあるのだ。
力強さ、男らしさ、そういう魅力を感じる。
こうしてみると、やっぱり大人の男の人なんだなあ。
いつも口を開けば子供じみたことばっかり言うから、そうは思わないけど。こうして黙っていると…
「何かなあ…」
「何が何なんだ?」
「わっ!」
いつの間にか蓮見は目を開けていた。
「起きてたの!?」
「いや…起きてたといえば、起きてたんだけど。
榊があんまり俺の顔を見つめるものだから、タイミングが…。なあ、俺そんなにかっこいい?」
蓮見はニヤニヤしながら聞いてきた。
「……そうだね。」
私がそう素直に言うと、蓮見は目を見開いた。予想外に返答が出てきて、少なからずビックリしているようだ。
「お前、気持ち悪いぞ。」
「何よ!蓮見が言ったから、一般論を述べただけでしょう!」
「一般論かよ…。」
私は部屋を見渡した。やはり、帰ってきた記憶は無い。
「ねえ、どうして私ここにいるの?」
だって、あの時あのまま意識が遠のいていったのに。すると、蓮見は真面目な顔になった。
「離れの前に倒れてたんだ。」
「え?」
「この花と一緒に…。」
そう言って蓮見は花を私の膝元に置いた。手にとると、それはチューリップの花だった。
「夏に何でお前この花持ってたんだ。」
でも、私が驚いたのはその色だった。
「にしても、随分変わった色のチューリップだな。普通、赤とか黄色とかピンクとかじゃねえのか?しかも形も変わってるし。」
「『スプリング・グリーン』」
「え?」
チューリップを持つ手が震えた。
「緑のチューリップ…花言葉は…『美しい瞳』…。」
「お前、一体誰に会ったんだ。」
蓮見が私の腕を掴んだ。痛いくらいの強さで。
私が顔をゆがめると、蓮見は悪い、と言って手を放した。
「この花、誰に貰ったんだ。『美しい瞳』って、お前の赤い瞳のことだろう?誰か他に知っているやつがいるのか!?」
あの男だ。夜琴だ。この花を贈ったのは。それに、さっき見た夢は…
「おい!」
「し、知らない!……覚えてない。」
なぜか私はそう言ってしまった。別に隠すことなどなかったのに。いや、隠したりなどしてはいけないのに。
私は、蓮見の目をまっすぐ見ることができなかった。
夜琴。美しいあの男、恐ろしい男。
近づくのは危険、危険だと分かっているのに!
心の中で、どこかまた会いたいなどと思ってしまっている部分がある。
今日の出来事を話せば、蓮見は絶対に私を夜琴に近づけさせないだろう。
怖い。この気持ちは、本当に私の気持ちなのだろうか。それとも、私の中にあるミコトの巫女の気持ちなのだろうか。
私はそっと、チューリップの花を握り締めた。
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