命ーミコトー 20 「はあ……。」 電車に揺られながら私はため息をついていた。本日土曜日、補習はない日だ。 では何故学校に向かっているかというと、蓮見に昨日の夜の事について話があるからだ。 昨日の夜。 蓮見と別れて家に帰ってから、私はある重大な事に気づいた。 そのままの赤い瞳の方が力が出ることから、仕事の時にはコンタクトははずしていたのだ。 当然あの時、蓮見は私の目を見ていたはずだ。 そして気づいただろう、私の赤い瞳の事を。 確かにあの時辺りは薄暗かった。運が良ければあの人は気づかなかったかもしれない。そう前向きに考えようともした。だが… 「蓮見に限ってありえないよな…。」 そう、彼、蓮見陽杜は異常に目がいいのだ。マサイ族並みの視力の持ち主。 あれは暗闇でも何の支障もなく生活できるだろう。 よく考えれば不思議な男だ。 授業中に蓮見が後ろを向いて黒板を書いている隙に、ある男子生徒が机の中に隠していた携帯でメールをしても、彼は後ろを振り向かずにそれが誰なのかを的確に注意できる。 というわけで、昨夜のことは完璧に見えていたわけで… 「はあ、やらかした…。」 蓮見に限って誰かに言うなんて事はないとは信じているが、だが一応話しておかなければならない。 また蓮見との秘密が増えてしまった。それは面倒なことであるはずなのに、なぜか頬が緩み、顔がにやけてきてしまう。 それに何かこう、胸の奥がざわざわとして何だか変な感じだ。こんな感じは初めてだ。 学校に着いて私は、まっすぐ職員室に向かった。 「失礼します…」 そろりと職員室の扉を開けると、中にいた先生たちが一斉に振り返った。それは面白いくらいに… 「どうした榊!?今日は土曜だぞ。」 学年主任の体育の片岡先生が言った。そんなに意外なのだろうか。確かに私は帰宅部だけど… 「あの、蓮見…先生はいますか?」 「蓮見先生?」 キョロキョロ職員室を見渡す片岡先生。 「ううん…ここにはいないな。」 「そうですか…」 じゃあ、どこにいるんだろうか。 「あっ、でも今ちょうど昼だからいつもの所だな。」 「いつもの所…?」 「屋上だよ。休日の昼は大抵そこで食べてるからな。」 私は片岡先生にお礼を言うと、急いで職員室を後にした。 屋上は5階にある。今まで気になってはいたが、あそこにはちょっと悪いお方たちがたむろしてらっしゃるので、行ったことがないのだ。 一段飛ばしで階段を上っていたが、日頃の運動不足が災いしてか、3階の時点で力尽きてしまった。 「はあ、はあ…」 息切れがして、足も重く感じて上がらず、手すりに掴まりながら上っていく。 勉強もできない上に、運動もできないなんて、何て救いようのないやつなんだ、私…。 情けなくて涙が出てきそうだ。 やっと5階に着き、重い扉を開けると、ビュッと気持ちのよい爽やかな風が吹き抜けてきた。 目の前に雲ひとつない綺麗な青空が広がる。 そして目的の人物は、扉のすぐ横にいらっしゃった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |