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命ーミコトー
18
夜琴の体を木にもたれかけさせ、手を重ねた。こうしてみると、いつもみたいにただ昼寝しているだけのように見えるのに、あの赤い目を再びのぞかす事はないのだ。彼にとっては二度目の死。それはひどく穏やかで、幸せそうだった。

「夜琴…あなたをそんな姿にしてしまったのはダレなの?」

 私に変化できる力を持つもの。

 それはたった一人しか思い浮かばなかった。

「……る、り…。」

 そう頭に姿を思い浮かべた瞬間、私は怒りの衝動と共に走り出していた。先ほどと目的地は同じ、瑠璃と夜琴は同じ場所に住んでいたから。

「どうして、どうして!!」

 走っていながらそのことについて考えていた。彼女が私を恨む理由はいくつもある。一族の仇である男の娘。そして、光の事に関してだ。

 夜琴について記憶をねじまげられていた時の覚えはきちんと残っている。そのことがきっかけになったのか。

 でも、彼女はいつでもその憎悪を私に正直にぶつけてきた。夜琴に関しても恋愛感情ではなかったが、母性だろうか、そういう意味で愛していてくれていたのは知っている。

――そんな彼女が夜琴を殺すのだろうか。

 
 そんな疑問を抱いたが、でも変化の術を使うことができるのは彼女しかいない。知らない。

 目的地に着いた時、瑠璃は待ち構えるようにして、九つの尾をゆらり、ゆらりと揺らしていた。髪も、肌も、尾も、着物も真っ白い。ただ、瞳の青だけが怒りに色を濃くしていて、こちらを睨みつけていた。

 ああ、瑠璃はこんなに綺麗になっていたのか。

 夜琴の仇である者の前でこんな風に思うのは不謹慎だろう。でも、本当に恐ろしいほど、その時に瑠璃はすさまじく美しかった。

「あんたが悪いのよ、ミコト。」

 先に口を開いたのは瑠璃の方だった。怒りと憎悪で声が震えている。

「あんたには家族もいた。愛する人もいた。友達もいた。みんなから好かれてた。それなのに、どうして私から奪ったの。彼の気持ちは知ってたけどそこは我慢していた。いつか、私を認めてくれるって、振り向いてくれるって。あんたはその『いつか』すら私から奪った!」

 瑠璃の腕がスッと自分の方に伸びたかと思うと、距離は開いていたのに目と鼻の先まで距離は縮まっていて、その腕は私の首をギリギリと締め付けていた。

「今日、私はあんたを殺す。そして、私を蔑んだ村のやつらもみんな。あんたの父親が私達一族にしてことをそっくりそのまま返してやるわよ!」

 その瞬間、真っ白な九つの尾の毛が逆立ち、月明かりに真っ直ぐのびた。その先から徐々に暗闇に飲み込まれていくように黒く、黒く染まっていく。その黒に染められた尾が瑠璃を包み込んだ。

「る、り…。」

 そこから現れたのは、負の感情に支配された人ではない、真っ黒な九尾の狐の姿であった。口は大きく裂け、そこから覗く鋭く大きな牙。青い目はぎょろりとコチラを睨みあげている。

「私達、もう戻れないのね。」

 夜琴の敵だ。

 村の人々の命もかかっている。

 たとえここで命を落とそうと、あとの人を守ることができるのなら。

 あの人と、夜琴と同じ場所にいけるのならそんなのかまわない。

 懐にさしていた刀を引き抜いた。月光に反射して榊家に伝わる神命切丸が光り輝いていた。

「私達のどちらが死ぬか、あるいは両方死ぬか。」

 瑠璃の一声で、妖狐と巫女との戦いは始まった。



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