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命ーミコトー
10
「榊」

しばらくして、藤家が少し小走りで帰ってきた。下駄の音が心地よく響く。
手には何か花が握られている。

「藤家、急にどうしたの?」

すると藤家は無言で花を差し出した。

「桔梗の花?」
「そう。それこの神社の裏に咲いてる」

へー、そうなんだ…。
自分の家なのに全く知らなかった私って…。

「俺の一番好きな花なんだ」
「桔梗が?」
「ああ、それに俺が生まれた日…八月二十八日の誕生花が桔梗で、俺のもう一つの名前。」
「もう一つの名前!?」
「うん。家の仕事の外での呼び名。小さい頃からそっちの方ばっかり呼ばれている」


 桔梗の花に目線を落とす。薄紫色の可愛らしい花は、どこか凛としているような感じもして…。


「桔梗の花…藤家にピッタリだね」

そう言うと藤家は少しだけはにかんだ。その表情は可愛らしく、やっぱり桔梗の花に似ているな、と思ってしまった。

「確か花言葉は気品、誠実、従順、清楚…。」
「なに?そんな事まで知ってんの?」
「うん、うちの父親何故かちょっと見かけによらずに乙女チックな趣味も持ってて、家に花言葉の本があるんだよね。
でも、うーん…何だかもう一個ぐらいあったと思ったんだけど…なんだったっけ…。」
「いや、それは思い出さなくていいよ…」
「藤家何か知ってんの?ねえ、何だったっけ?」


 だんまりである。しょうがない、まあいいか。

「でもさ、いいよね、桔梗の花って。」

 命は桔梗の花を夕日に照らしながら言った。夕日に当たって輝く部分と影の部分のコントラストがきれいだった。

「私、好きだな、桔梗。」
「は!?」

 藤家はビックリしたように突然大きな声を出した。そんな声を出されたらこっちだってビックリしてしまう。

「え、藤家?どうしたの?顔赤いけど」

 見ると藤家の頬は夕日みたいに真っ赤に染まっている。うろたえている藤家は、何だか藤家らしくなく、不思議な感じがした。でも何だか面白い。

「…いや、別に、そっちのことね…」
 
何だか一人で自己完結させてしまっている。

「じゃ、俺もう行くから。」
「そっか。じゃあ、明日ね。また勉強教えてね。」
「ふっ…一人でも頑張れよ。」

 そう言うと藤家は、じゃり、じゃり、と足音を立てて石段を下りていった。その後姿を命は見送っていた。

『じゃあな、ミコト』

 あれ?

一瞬誰かの姿が藤家の姿と重なったが、すぐに消えてしまった。何だったのだろうか?何だか知っているような気がするのだけれど…。

 でもその時はそんなに気に留めなかった。でも、今思えば、それは事が起こる前兆だったのかもしれない。
もうそれは運命によって決められていたのかもしれない。


―――運命が変わる事件まであと1週間―――



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あきゅろす。
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