霞宮夜の君 3 そんなこんなで一次会が終わるころには酔い潰れていはいないものの足元はふわふわ。 送ろうか、とにやつく経堂を無視して和枝は一人夜道を歩いているのだが、ふと竹やぶの中に光るものを見た気がした。 いつもなら光の反射だろうと気にも留めないのだが、今日はほろ酔い、薄暗い竹やぶ、夜空には明るく輝く大きな満月。 「ま、別に気になってはないんだけどね。」 一人ぶつぶつ「いや、本当別に興味とかないんだけど」などどこのツンデレ少女か、いやもう少女じゃないか、竹やぶの道なき道をずかずかと和枝は入り込んでいった。 うっそうと茂る竹やぶの中、少し開けた場所があった。 そこからまっすぐ真上を見上げるとちょうど満月がすっぽり入る。 「…やっぱり何もないか。」 そう言って内心残念がりながら引き返そうとすると、背後でガサリと物音がした。 その音に反射的に振り替えると、そこには一人の少年が佇んでいた。 濃い紫色の童直衣を身につけ月を見上げる十かそこらの男の子。 肩ぐらいで綺麗に切りそろえられた黒髪は、生ぬるい風に揺られている。 中でも目をひくのはその顔の造形である。 月の光に照らされた白磁のような光るように白い肌。 幼いながらもすっと伸びた鼻筋に、切れ長の目はどこか憂いを帯びていて、どこか達観した大人のような表情であった。 その人形のような作り物めいた姿に思わず一歩後ずさると、足元の小枝がパキリと音を立てておれた。 その音に気付いてか、少年はゆっくり和枝の方に顔を向けた。 目が合い、沈黙が流れる。 なんで、小学生がこんな真夜中にこんな場所にいるわけ? それに、直衣なんて着ちゃって…。 まるで…そう。あの幼い日に呼んだかぐや姫のように…。 少年は和枝を値踏みをするように頭から足先までじろりと見つめ、それからにやりといかにも年相応らしくない表情で笑った。 「おい、そこの人間。お主に世話になることに決めた。」 少年らしい鈴を転がすような美しい声が聞こえてきたが、理解するまでに十数秒かかった。 「……は?」 だが、言葉は理解できたところで意味が理解できない。 「なんだ、お主は痴呆なのか?だがら、わらわはお主に世話になってやるって言うておるのだ。」 「え、いやいや。え?」 「何がいやいやなのだ?喜ばしいことであろう。やんごとなきわらわが、お前のような平凡な小娘の世話になってやると言っているのだぞ?」 少年は怪訝な顔で和枝に近づいてきた。 自分の胸元くらいの背丈しかないこの少年は偉そうに言い放つ。 「わらわは月の者である。わらわを拾え、人間の娘。」 「…私、やっぱり酔いすぎたのかな。幻覚と幻聴が…」 「何、お主酔っておるのか。」 少年は和枝の手首をつかみ引っ張った。 「うわわ。」 そうしてその人形のような顔をすぐ鼻先まで近づけた。 くんくん、と鼻をかぐ姿は可愛らしいが、いや、この体制も状況もどう考えてもおかしい。 段々と酒が抜けて頭がさえてきた。 「確かに微かに酒のにおいがするがのう。 酔っておるのなら、よし、わらわが介抱してやろう。」 「謹んでお断りさせていただきます。」 和枝はあわててこの危険な少年から距離をとった。 「それで、お主、早う家に案内せよ。」 「いや、おかしいでしょうが。なんで見ず知らずの子供を私が連れ帰らないといけないのよ。誘拐になっちゃうでしょう。犯罪よ、犯罪。」 「そうか。ここでは子供を勝手に家に連れ帰ると犯罪になるのか。だが、ここでわらわを置き去りにしていくのもどうなのだ?」 少年は腕組して一本に竹に寄りかかった。 「時は丑三つ時。人気もないこの真っ暗な場所にこのような童子を一人きりにして、お主の良心は痛まぬのか?」 「…それは…。わかったわ、一緒に警察まで行きましょう。警察のお兄さんならもっとちゃんと…」 「お主の家でなければわらわはここから一歩も動かぬ。」 「………」 ここでこんなやり取りをしてもことはなにも片付かない気がしてきた…。 これは… 「さあ、世話をしてくれるだろう?心優しき人間の娘よ。」 連れて帰るしかないのか…。 [*前へ][次へ#] [戻る] |