幻想水滸伝夢小説 Visitor Act.8 この日、ティルの言葉通り臨時の軍義が開かれた。会場となる広間には、早い時間から人が集まり始め、開始時刻まで間もなくという現在、熱気と緊張感であふれていた。 「この召集は、やはり件の噂についてでしょうか……」 「間者の可能性もあると聞いたが」 不審な人間が城内で保護されている。 トラン城を駆け巡った情報に、様々な憶測が飛び交っていた。 「ビクトール殿、フリック殿。あなた方ならご存知なのでは」 医務室で監視役を担っていた両名に視線が集中する。同じ質問は、ここに来るまでの道中でも嫌というほどされてきたが、のらりくらりと躱してきた。 「こうして召集がかかったんだ。軍主様から説明があるんだろうさ」 どっかりと椅子に座って寛ぎながら、ビクトールが言った。 「そうだな。皆、我ら軍主殿のお言葉を待とうではないか」 低く落ち着いた声が響いた。声の主は、コウアンの富豪レパントだ。視線を一身に受けたレパントが、覇気のある眼光で周りを見返すと、視線の合わさった者は威圧されて口を噤んだ。 ビクトールは、その様子を面白そうに眺めながら、隣に座るフリックに辛うじて聞える程度に呟いた。 「俺らの軍主と軍師は、おっかないな」 「なんだ、どうしたんだ」 フリックは、やはりビクトールにだけ聞える声で、彼の不可解な言動について尋ねた。 「いや、なに。よくもまあ、小石を投げ込んだだけで、こうも分かり易い反応を燻りだしたもんだってな」 「は?」 奇妙なものでも見た表情で、自分を凝視しているフリックから視線を外し、ビクトールは、にやついた表情を引き締めた。 「そろそろ締め時なんだろうな。新旧の節目ってやつさ」 フリックはビクトールの視線を追って、広間を見渡した。そこには、昔からの馴染みの顔と、見慣れない顔が並んでいた。レナンカンプにいた頃と比べると、三倍近くの人数だ。加えて、この場に参加していない一般の兵達も、かなりの人数に膨れ上がっている。 フリックは、見慣れない顔の中、全身を銀の鎧で覆った男に目をとめた。帝国五将軍クワンダ・ロスマン。帝国に名だたる鉄壁の猛将を、解放軍が下し、更には見方に引き入れたのだと聞いたのは、一月ほど前だったか。 アジトが襲撃され、辛くも逃げ出せた仲間と共に、西方へ潜んだ。散り散りになった仲間の情報を探っていたところで、解放軍の快挙を知った。 たが、軍を率いていたのは、無実の罪で帝国から追われ、解放軍に身を寄せていた少年だった。 (ーーオデッサ……) フリックは、今は亡き恋人の名を呼んだ。 (貴方は、優しすぎるわ。副リーダーなんだから、もっとしっかりしてもらわないと) 彼女から、ことある毎に言われた言葉が蘇る。 彼女の選んだ後継者は、帝国の一軍に勝利するまでに、解放軍を急成長させた。彼女の目は確かだった。それならば、自分がすべきことは、ひとつだ。 隣に座る男の顔つきが変わったことに気付いたビクトールは、満足げに口元を緩めると、再びざわめきへと視線を戻した。 開始時間ちょうどに、軍主と軍師は現れた。軍主が椅子に座ったのを合図に、マッシュが軍義を進行する。 「皆さんご存知のとおり、我が軍では一人の人物を保護しております。そのことで、様々な噂が立っているようですが、不確かな情報に惑わされぬよう、気を引き締めていただきたい。」 「では、間者ではないと?」 「確証はあるのですか?」 居ても立ってもいられずに、数名が声をあげる。これに対して、これから説明を致します、とマッシュは話を続ける。 「彼女は、星見の塔の占い師レックナート殿から遣わされた者です。ですが、言葉が通じないことと、怪我を負っていたことから、現在保護という形をとっています。それから、彼女の出自ですが――」 マッシュは、一旦間をおいて、軍主へと視線をむける。ティルが小さく頷いたのを確認して言葉を続けた。 「彼女は、この世界の人間ではありません」 あまりにも、予想だにしなかった内容に、誰もが言葉を失ったが、マッシュは気にした様子もなく、説明は続けられた。 「先日、赤月帝国宮廷魔術師が、異世界から戦力の召喚を行いました。そのために、凶星の兆しが現れたと、レックナート殿より忠告がありました」 「星見の塔の魔女…」 誰とも知れないつぶやきに、ルックは一瞬眉をしかめる。 「レックナート殿は、その凶星の流れをとめる一石を投じて下さいました。それが、今保護している人物なのです」 凶星を避けることができるとの安堵が一瞬広まるが、次第に動揺の声が上がり始めた。 「異世界の……とは、異形のものなのでは?」 「我が軍に、異形の…、魔物の軍が加わるということか?」 『魔物』という言葉に、空気が一層緊迫した。 「軍主殿!」 ついに、耐えきれないように、発せられたその声は、広間の意識を一瞬で持って行った。 矛先を向けられたティルは、姿勢を変えず、視線だけで質問者を捉えた。ティルが軍主となる前、まだレナンカンプがアジトであった頃に、物資の調達で重用されていた商人上がりの男だ。 「本気なのですか?」 「もちろんだ。私は、解放軍の戦力として使える者は何でも使う。異世界の力を借りることも厭わないつもりだ」 ティルは視線の端で男の反応を待った。 「なんということを。魔物などと……。我々の崇高な意思と反するのではありませんか?」 男は、抑えていた箍が外れたように、声を荒らげた。 「虐げられた民を救うために立ち上がった我々が、そのような下策を講じるのですか?」 「下策?」 今まで端に捉えていた男の姿を、ティルは正面から見据えた。急に視線が合わさり、男の顔が引き攣る。 「下策といったが、我々が敗北すること以上の下策があるのか?」 ティルは男から視線を外さないまま、言葉を続けた。 「解放軍の目的は、民を虐げる帝国を覆すことだ。その手段として、使える力は使うと言っている。崇高な意思は理念ではあるが、決して目的ではない。そもそも、あなたの言う崇高な意思とはなんだ?」 問われた男は無意識に一歩下がった。たかが、15,6の子どもに、男は威圧される。 男は侮っていた。前解放軍軍主であった、オデッサ・シルバーバーグは、とてつもないカリスマがあった。名門貴族シルバーバーグ家の名は、伊達ではなかった。彼女に重用されることで、彼は、時勢に乗れたと確信した。そして、彼女の後を継いだのは、貴族ではあれども、ただの子供。そこへ、軍師にマッシュ・シルバーバーグを迎えた。オデッサ・シルバーバーグの兄であり、元帝国正軍師である彼こそが解放軍の真の要だと疑わなかった。軍主は只の飾りであるはずだった。 「皆にもよく理解してもらいたい。目的と手段を履き違えるな。我々は、帝国を倒すために解放軍となったのであって、決して解放軍を名乗ることが目的ではない。私も、軍主となることが目的で解放軍に居るわけではない。もし、私よりも適任が居るのならば、喜んでこの席を譲ろう。」 水を打ったような静けさのなか、ティルの声だけが響く。その力強く、他者を惹き付ける声と眼差しに、誰もが紛れもない軍主の器を見た。 「ティル殿。我が命は、既に貴公に差し上げております。他の何者も、貴公の代わりにはなり得ない」 「我が忠誠は、貴殿だけに」 いつの間にか前に進み出ていた、クワンダとレパントは、ティルの目の前で膝を折り、忠誠を示した。 それを皮切りに、次々と忠誠を誓う人数が増えていき、遂には、全員が膝を折った。そこには先ほどまでティルに異を唱えていた男もいた。 「ティル殿、どうかお言葉を」 マッシュは、恭しく礼をとった。 ティルは、ゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐに顔をあげた。 「帝国に対して一度蜂起したした以上、我々は決して後戻りすることはできない。どんな辛酸を舐めようとも、どんなに絶望的な戦いであろうとも、僅かな可能性を掴みとり、勝利に繋げなければならない。何故なら、解放軍が潰えた瞬間に、これまでの戦いで死んでいった者達の命が、全て無駄になってしまうからだ。」 誰もが皆、若い軍主の言葉に聞き入った。 「私は、ここに誓おう。必ず、解放軍を勝利に導くと」 一瞬の静寂の後、広間は喝采の声に包まれる。ティルは、自分を讃える声を何処か遠くで聞きながら、真ん中よりやや後方で、視線を止めた。その先には、にやついた顔のビクトールがいた。自分に向けられた視線に、ビクトールは肩を竦めた。ティルもまた悪戯を企てる、悪童の顔になる。 「それから、もうひとつ。先の議題にあった、レックナートからの助っ人を紹介しようと思う」 今までの軍主の顔ではなく、年相応の笑顔から発せられたその言葉に、皆が固まった。凍りついた空気をものともせず、寧ろ愉しそうにさえしている自軍の軍主に、軍師は苦笑いを溢しながら、廊下に続く扉を開けた。 [*前へ] [戻る] |