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拍手喝采。

鼓膜を震わせ鳴り響く音に自分が祝福されているのだと知る。

何が、素晴らしいのだろう。
僕を賞賛する人々の中に僕の求める人はいないのに。
望むものを、彼から得られない僕は虚しい愚か者で、彼に気に入られないなら、選ばれないなら、こんな僕はとんだ出来損ないでしかないのに。

鳴り止まない拍手の音に心が凍ってゆくような気がした。
反対に、煮え滾るような思いが腹からこみ上げて来て叫び出したい衝動に駆られる。

お前らは何もわかってない、何も、なにもわかっていない!
彼だけが必要なんだ、彼だけ、他は何の意味も為さないんだ。
この鼓動に重なるように彼の鼓動が鳴ることがどれほど掛け替えのないことか。

彼が僕を構成する全てで、その彼が見向きもしないならば僕に価値はないんだ。





私立高校の多くは成績優秀者に対する特待制度というものを用意している。
主な特典としては授業料や入学費用の免除などがあり、我が校ではさらに学食割引と言う食堂のメニューを半額で食べられる特権もある。
そこそこの金持ちの子息が集まる傾向にあるこの学園において、特待制度を利用するのは一般家庭の出身者が多い。
と言うか、ほぼ一般家庭出身の生徒だけだと言ってもいい。
成績優秀者でも家庭的に裕福な環境の者は特待制度を受けられないことになっているし、そこまで裕福でなくても多少なりとも家柄やステータスを気にするような集団で過ごして来た連中は特待制度を受けることをプライドが許さないのだろう。

高須瑞人も一般家庭出身の特待生の一人だった。
特進クラスのクラスメイトとして出逢った彼は、最初から僕には他と違った空気を纏って見えた。
一目惚れ、だったのだろうか。
けれどそれから毎日、彼の声を聞き、話し、見つめるたびに彼のことを知ってゆき、ゆっくりとでも着実に僕は彼に惹かれていった。
僕と彼は出席番号順に席が前後で、高槻という名前に初めて感謝した。

彼の少し色素が薄く光の加減でハニーブラウンに輝く髪が綺麗だと言うと、僕の黒髪の方がしなやかで艶があって羨ましいと褒めてくれた。
僕の弁当に入っていたからあげが美味しそうだと横からつまみ食いし、お礼に自分が焼いたと言う卵焼きをくれた。
どんなに賞賛されようと自分の容姿に特に愛着はなかったが、僕の笑った顔を優しいと、少しくすぐったいけど好きだと言って彼が笑うので、この顔に生まれたことを初めて嬉しく思った。

僕は彼が褒めてくれた髪を絶対に染めないと決めた。
弁当には週3回以上からあげを入れて欲しいとお手伝いさんに頼んだ。
彼を見ると自然と笑顔になってしまうので、僕は彼の前ではいつも笑っていた。

1学期が終わり夏休みになると会えなくなって、2学期がひどく待ち遠しかった。
彼と学外で会って遊ぶほどにはまだ仲良くなれていなかったことを悔いた。

僕の家はそれなりの大きな会社を経営していて、将来そこでトップとなるために夏の間は帝王学や経済学など学校とは違う勉学に励まされた。
家を継ぐことはさして嫌ではない。
何しろ自分で選んだことだ。
父親も母親も厳格な人ではあったが、跡継ぎとして僕を雁字搦めにして育てるようなことはしなかった。
会社を継がなくとも両親は何も言わなかっただろう。
それでも継ぐ事を選んだのは、単にそれが一番簡単で苦労のない人生を歩めると思ったからだ。
人の上に立つ責任や周りの目の煩わしさは多少感じるものの、どうでもよかった。

恐らく自分は恵まれているのだろう。
それなりの愛情を注いでくれる両親に学校でやっていくのに困らない程度の友人、経験値を積むのに適した過度すぎない付き合いをしてきた彼女たち、築かれた将来。
けれど僕は、それら全てがどうでもよかった。
関心がまったくなかったわけではない、自分を取り巻くものその全てにおいて僕の心に響くものは何一つなかったのだ。
言ってみれば、どれかが欠けたとしてもいっこうに構わなかった。

それがどうだろう、彼を思うこの気持ちは。

2学期になって、やっと彼に会えると心なしいつもより浮かれた気分でいた僕は、新学期になったため行われた席替えによって奈落の底に突き落とされた。
彼と席が離れてしまったため、それまでのように頻繁には話せなくなってしまった。

その上、1学期には僕を含めた近くの席の数人で昼を食べていたのが、新しい席の隣になった男子と気が合ったようで彼はその男子と昼を共にするようになったのだ。
学食を半額で利用できるとは言え、金持ち校の価格設定はいささか高めだからと弁当を持参していた彼が、その男子と一緒に学食に通う様子に僕はひどく衝撃を受け焦燥感に駆られた。

待ち望んでいた彼との時間が極端に奪われ、僕は彼に、瑞人に焦がれた。
そうしてやっと、僕は自分が瑞人を好きだということに気づいた。



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