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日当たりのいい小道沿いにある、若い女の子に人気のカフェ。
そこが俺のバイト先だ。

俺みたいなごく普通の見た目の男子が働くには些か抵抗感というか違和感があるくらいオシャレで、最初の頃は周りの同僚の見目の良さも手伝って少し気後れもした。
けど、さすがにバイト6ヶ月目ともなると慣れたもので、俺はギャルソン風の黒いエプロンを身に付け忙しなくホールを動き回っていた。

「あっ、ごめん!」

ふいに、ドンと左胸に衝撃が来た。
従業員出入り口から荷物を抱えて出てきた女の子にぶつかられたようで、どうやらダンボール箱の角が左胸に当たったらしい。

もっと正確に言えば、俺の左乳首にそれはクリーンヒットをお見舞いしてくれた。

「…あ、ああ大丈夫。そっちこそ平気?」

乳首からジンジンと広がる甘い疼きに身悶えそうになるのをどうにか堪え、むしろ右乳首にもやってくれとか欲望に流されそうになるよろしくない思考を頭の隅に追いやり、笑顔で返した。

ちょっとぎこちなくなった気がするけど、変に思われてないよな。
笑顔がやたらイイ笑顔なのとか気づかれてないよな。
心なし左胸をさすりながら、キッチンへと足を向けた。

こんな風に思わぬ罠が日常には多く潜んでいて、こちらの用意が出来ていない分その衝撃は大きい。
不意に襲う甘美に平常心を保つのは、結構大変だ。

だけど大学などでならまだしも、ここでは絶対に失態を犯すわけには行かない。

キッチンを覗くとちょうど料理が出来てきたところだった。

「亮平、じゃが芋とアンチョビのパスタあがったよ」
「おー了解、もらってくな」

こいつがいるから。

貴一は俺と同期でここのバイトを始めた、違う大学の2年だ。
俺よりもよっぽどホールに向いてると思うくらい、こいつは顔がいい。
まさしくイケメン、近付き難いほどの美形という訳ではなくやや男前寄りな顔は、笑えば周りから小さく感嘆の悲鳴が聞こえて来たりする。

服や髪型もセンスが良くて、今は黒髪で襟足は短く、こめかみの辺りから入れた剃り込みに、上から下ろした髪をふわりとワックスで遊ばせている。
俺にはとても似合わないヘアスタイルだ。

身の回りや持ち物にこだわりがあるだけで、チャラチャラしているわけではない。
女関係も、少なくとも俺がここでバイトしだしてからの半年は、貴一に彼女が出来たり女の子と遊んだりしたという話は聞いたことがない。

この見た目でもったいないとも思うが、そんな貴一に俺は密かに安心していた。

俺は、貴一が好きなのだ。





俺と貴一は同期なこともあり、他のバイト仲間よりも仲が良いという自覚がある。

バイト終わりに飯を食いに行ったり、休みの日にお互いの家を行き来したり、泊まることも頻繁だ。
半年の付き合いにもなれば互いの家も勝手知ったるで、今では貴一の家のマグカップがひとつ増えただけでも分かると思う。
いや、ちょっと自分でもキモいなそれは。

貴一は顔が良くてモテるけど、調子に乗ったり俺様な態度を取ることはなくて、むしろ気遣いが出来て面倒見が良かった。

同僚にもさりげなくミスをフォローしたりしている所を見かけるし、自分の領域に入れた奴には世話を焼きたがる傾向があるのか、友人、特に俺にはやたら構って来る気がした。

この間なんかも、バイト中ちょっと咳をしていればどこからかのど飴が、休憩に入り飲み物を取りに行こうとすればいつの間にかカフェオレが(俺はコーヒーをブラックで飲めない)、帰り際思わぬどしゃ降りに立ち尽くせば、予報は晴れだったのにも関わらず何故か持っていた貴一の傘に入れてもらい、駅まで送ってもらう始末。

バイトの時だけでもこのように貴一は俺に世話を焼き、それを見た同僚が「州戸君(貴一)てほんと名瀬君(俺)と仲良いよね」と思わず洩らすくらいだ。

だが俺は知っている、本当はみんなが俺と貴一のやり取りを見て、まるで世話焼きな嫁のようだと称していることを。

せめて面倒見の良い兄とか言って欲しかった。
手のかかる子を持つ母と言われなかっただけまだマシか、いやどっちもどっちだ。
俺の心境が複雑なことに変わりはない。

休日に遊ぶともなれば貴一はさらに俺を構い倒した。
それはもう甲斐甲斐しく、泊まりの時なんかまさしくお前は嫁か?と疑いたくなるくらい、飯を作ってくれたり、背中を流したりしてくれた。

そう、俺は風呂で貴一に髪から体まで洗われた。
いい歳した男が二人で風呂って時点でアレだが、それ所の話じゃなかった。

もちろん最初は抵抗した。けれど、ニコニコとした笑顔で泡立てたスポンジ片手に迫る貴一に、押し問答の末俺は白旗を上げてしまったのだ。
断固として前は死守した!洗わせたのは体の背中側だけだ!

その時の貴一が若干残念そうな顔をしていた気がしたのは気のせいだ。

ちなみにそれから貴一の家に泊まるときは毎回一緒に風呂に入れられている。(俺の家に来るときは、貴一が何か言う前にさっさと一人でシャワーを浴びてしまう。)

貴一からのそれは奉仕とでも言うべきか、行き過ぎたこともたまにあるが、基本は心地よいものだった。
だから俺は、貴一の行動に慣れ、と言うか甘んじてしまっていた。

まったく、ダメな大人だ。
貴一が尽くしてくれることを、いつの間にか当たり前のような感覚でいたのだ。

それでもまあ俺も貴一のことは気安くて話の分かるいい奴だと思っていたし、それなりに好きだったので、こんな形の友人関係もあるのかな、と勝手に納得していた。

そんな風に時間を重ねながら、さすがに貴一が誰にでもそう接しているわけではないことには俺も気づいた。

自分は特別扱いされている。



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あきゅろす。
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