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song for...(3)




私は彼女になれるでしょうか、そうハカセに尋ねると「キミは彼女になりたいのかい?」と言って笑われた。


「大丈夫、キミはキミだ。見た目は同じでも、リンと彼女を一緒にしたりはしないよ。リンは私の愛した【リン】になる必要はない」

「…でも」


なぜ、あなたはそんなにも悲しそうな顔をするのですか?そう続けようとしたが声にならなかった。
そんなハカセの表情を見たら…


「どうしても、なれませんか」


胸の奥がきゅーっと、締め付けられるような感覚に陥るのです。

ハカセはしばらく考え込むと、突然、顔をこちらにむけ「こうしよう」と言った。


「どんな手段を使っても構わない」

「はい」

「僕の名前を当ててくれ」


そしたらリンを彼女のように扱おう。
その言葉が、私の胸を熱くした。


「…はい!」



 * * *



私は次の日からハカセの書類を漁った。
しかし不思議なことに、彼の名前はどこにも書いていなかった。
何故、私はこんなにもハカセに"彼女"として扱って欲しいのだろう。
何かがひっかかる。


「リン」

「なんでしょう」

「また、ここにいたのか」

「…はい」

「名前、見つかった?」

「いいえ」

「そうか」


ハカセはにっこり笑うと、ぽんぽん、と私の頭の上に大きな手を乗せた。


「そろそろメンテナンスの時間だから、研究室まで行こうか」

「はい」


ハカセは私の手を牽いて歩き出す。私もその歩調に合わせて後ろについて行った。

―――懐かしい。
そんな言葉が頭に過ぎる。
ナツカシイって誰の名前なんでしょう?


研究室につくと、早速服を脱ぎ作業台に仰向けになる。ハカセは私の身体を触りながら異常はないか確認した。
この作業中、ハカセはいつも歌を歌う。
その歌を聞いている内に私も覚えてしまった。私もハカセの歌に合わせて歌ってみる。
最初は綺麗にハモっていたのに、途中から私だけの声しか聞こえなくなる。
不思議に思いハカセを見ると、驚いた顔をしてこちらを見ていた。


「この歌、知ってるの?」

「いえ、ハカセがよく歌っていたので覚えました」

「…そっか」


ハカセはまた悲しそうな顔をする。


「ハカセ?」


気になりハカセに呼びかけてみる。

あ…
まただ。
胸がきゅーっとなる。
痛いよ、ハカセ。
そんな顔、してほしくない。


「ハカセ!」


もう一度強く呼んでみるとハカセは顔を上げ「ああ、すまない」と言った。


「この歌はね、思い出の曲なんだ」


今度は優しい瞳で私に語りかける。
それは、私に対して言っているのでしょうか。【リン】に言っているのでしょうか。どちらにしても私は、ハカセのあの顔を見れれば良い、そう思った。



 * * *



彼と過ごした時間はあっと言う間に過ぎて行く。この何十年という月日を経て、私の知識は膨大なものとなりました。自分の身体の構造についてや、"死"についてなど、たくさん、たくさん知りました。
でも判らないことが2つ。
それは感情というもの。
そして、彼の名前。
名前が判らないので、こんな時でも私は彼を「ハカセ」と呼ぶ。
ハカセは今、ハカセ自身が教えてくれた"死"に近づいているようです。身体は衰弱し、歩くことも出来ず、寝たきりの状態が続いています。


「リ…ン…」


昔とは違う。弱々しい声。
ハカセは私の頬にそっと手を触れた。


「はい…」


私はハカセの手に自分の手を添える。


「僕は、ここまでだ」

「…はい」

「最後に、君の歌を聞かせてくれないか」

「わかりました」


きゅっ、と少し強く、彼の手を握る。
そしてハカセの思い出の曲を、歌った。
出来るだけ、ココロを込めて。
【リン】の変わりにはなれなかったけれども、せめて、今だけでも彼女でありたいと願いを込めて歌を歌う。


「リン」


ハカセが私の名前を呼んだ。その声は、いつもの、私を呼ぶ声とは違う気がした。


「リン」


また、私を呼ぶ声。
―――ぱんっ、と胸の奥で何かが弾ける音がした。

あ、あ、あ、

それと同時に見たことのない映像が、記憶が、脳内に溢れ出す。それは洪水の如く、止まることを知らない。

私の双子の弟は、とても頭が良かった。そんな彼に私は惹かれ、禁忌と知りつつも彼と恋に堕ちたんだ。ああ、それから、親にバレて駆け落ちしたんだっけ。それから…それから…私は崖で…


「リン?」


ぷつり、と歌が止まったことに心配したのか、心配そうに私を覗き込む。
私は返事の代わりに


「  」


と、彼の名前を呼んだ。
すると彼は目を見開いた後、笑った。


「…ただいま」


そう微笑みかけると、「おかえり」と言って微笑み返してくれた。

そのまま彼は動かなくなった。



 * * *



薄暗い部屋の中で、私は1人の男の子と向き合っていた。

やっぱり独りきりは寂しい。そう思い、私もアンドロイドを造ってみた。ハカセに私の造り方は教わっていたので、その通りに組み込んだ。

今まで寂しい思いをさせてごめんなさい。
ハカセには随分と長い間、独りを味わわせてしまった。私もそうなってしまうかもしれないけれど、今回はたっぷり時間はあるもの。ゆっくりでいいから、再び彼との時間を刻みたい。
もし、私を思い出してくれたら、今度は2人であの歌を歌おう。


だから今は、

独りでこの歌を


song for


君に捧げる。


you







「おはよう、レン」

「私の名前を当ててみて」






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