私は彼女になれるでしょうか、そうハカセに尋ねると「キミは彼女になりたいのかい?」と言って笑われた。 「大丈夫、キミはキミだ。見た目は同じでも、リンと彼女を一緒にしたりはしないよ。リンは私の愛した【リン】になる必要はない」 「…でも」 なぜ、あなたはそんなにも悲しそうな顔をするのですか?そう続けようとしたが声にならなかった。 そんなハカセの表情を見たら… 「どうしても、なれませんか」 胸の奥がきゅーっと、締め付けられるような感覚に陥るのです。 ハカセはしばらく考え込むと、突然、顔をこちらにむけ「こうしよう」と言った。 「どんな手段を使っても構わない」 「はい」 「僕の名前を当ててくれ」 そしたらリンを彼女のように扱おう。 その言葉が、私の胸を熱くした。 「…はい!」 * * * 私は次の日からハカセの書類を漁った。 しかし不思議なことに、彼の名前はどこにも書いていなかった。 何故、私はこんなにもハカセに"彼女"として扱って欲しいのだろう。 何かがひっかかる。 「リン」 「なんでしょう」 「また、ここにいたのか」 「…はい」 「名前、見つかった?」 「いいえ」 「そうか」 ハカセはにっこり笑うと、ぽんぽん、と私の頭の上に大きな手を乗せた。 「そろそろメンテナンスの時間だから、研究室まで行こうか」 「はい」 ハカセは私の手を牽いて歩き出す。私もその歩調に合わせて後ろについて行った。 ―――懐かしい。 そんな言葉が頭に過ぎる。 ナツカシイって誰の名前なんでしょう? 研究室につくと、早速服を脱ぎ作業台に仰向けになる。ハカセは私の身体を触りながら異常はないか確認した。 この作業中、ハカセはいつも歌を歌う。 その歌を聞いている内に私も覚えてしまった。私もハカセの歌に合わせて歌ってみる。 最初は綺麗にハモっていたのに、途中から私だけの声しか聞こえなくなる。 不思議に思いハカセを見ると、驚いた顔をしてこちらを見ていた。 「この歌、知ってるの?」 「いえ、ハカセがよく歌っていたので覚えました」 「…そっか」 ハカセはまた悲しそうな顔をする。 「ハカセ?」 気になりハカセに呼びかけてみる。 あ… まただ。 胸がきゅーっとなる。 痛いよ、ハカセ。 そんな顔、してほしくない。 「ハカセ!」 もう一度強く呼んでみるとハカセは顔を上げ「ああ、すまない」と言った。 「この歌はね、思い出の曲なんだ」 今度は優しい瞳で私に語りかける。 それは、私に対して言っているのでしょうか。【リン】に言っているのでしょうか。どちらにしても私は、ハカセのあの顔を見れれば良い、そう思った。 * * * 彼と過ごした時間はあっと言う間に過ぎて行く。この何十年という月日を経て、私の知識は膨大なものとなりました。自分の身体の構造についてや、"死"についてなど、たくさん、たくさん知りました。 でも判らないことが2つ。 それは感情というもの。 そして、彼の名前。 名前が判らないので、こんな時でも私は彼を「ハカセ」と呼ぶ。 ハカセは今、ハカセ自身が教えてくれた"死"に近づいているようです。身体は衰弱し、歩くことも出来ず、寝たきりの状態が続いています。 「リ…ン…」 昔とは違う。弱々しい声。 ハカセは私の頬にそっと手を触れた。 「はい…」 私はハカセの手に自分の手を添える。 「僕は、ここまでだ」 「…はい」 「最後に、君の歌を聞かせてくれないか」 「わかりました」 きゅっ、と少し強く、彼の手を握る。 そしてハカセの思い出の曲を、歌った。 出来るだけ、ココロを込めて。 【リン】の変わりにはなれなかったけれども、せめて、今だけでも彼女でありたいと願いを込めて歌を歌う。 「リン」 ハカセが私の名前を呼んだ。その声は、いつもの、私を呼ぶ声とは違う気がした。 「リン」 また、私を呼ぶ声。 ―――ぱんっ、と胸の奥で何かが弾ける音がした。 あ、あ、あ、 それと同時に見たことのない映像が、記憶が、脳内に溢れ出す。それは洪水の如く、止まることを知らない。 私の双子の弟は、とても頭が良かった。そんな彼に私は惹かれ、禁忌と知りつつも彼と恋に堕ちたんだ。ああ、それから、親にバレて駆け落ちしたんだっけ。それから…それから…私は崖で… 「リン?」 ぷつり、と歌が止まったことに心配したのか、心配そうに私を覗き込む。 私は返事の代わりに 「 」 と、彼の名前を呼んだ。 すると彼は目を見開いた後、笑った。 「…ただいま」 そう微笑みかけると、「おかえり」と言って微笑み返してくれた。 そのまま彼は動かなくなった。 * * * 薄暗い部屋の中で、私は1人の男の子と向き合っていた。 やっぱり独りきりは寂しい。そう思い、私もアンドロイドを造ってみた。ハカセに私の造り方は教わっていたので、その通りに組み込んだ。 今まで寂しい思いをさせてごめんなさい。 ハカセには随分と長い間、独りを味わわせてしまった。私もそうなってしまうかもしれないけれど、今回はたっぷり時間はあるもの。ゆっくりでいいから、再び彼との時間を刻みたい。 もし、私を思い出してくれたら、今度は2人であの歌を歌おう。 だから今は、 独りでこの歌を song for 君に捧げる。 you 「おはよう、レン」 「私の名前を当ててみて」 [*前へ][次へ#] [戻る] |