この歌は何だっけ。 とても懐かしい感じがする。 ああ――― この歌は きみと… song for... 「珈琲は苦い」 私の頭の中にインプットされた。 如何やら私は色々な物事を覚えられる様にプログラムされているらしい。 「珈琲は苦いだろ?」 「はい、苦いです」 私は教えられた通りに答えた。 しかしハカセは満足出来ないようで、不機嫌そうな顔になった。 「…その表情は何とかならないのかね?」 「表情、とは何ですか?」 私は首を傾げる。まだインプットしていない言葉だったからだ。ハカセはそれに気がついたのか直ぐに教えてくれた。 「リンの顔だよ。もう少し、苦そうな顔は出来ない?」 「苦そうな顔とはどんな顔ですか?」 「こんな顔の事」 ハカセはそういうと"苦い"というときの顔をして見せた。その顔を頭の中にインプットする。 「こう、ですか?」 自分も真似して表情を造った。 「ああ、そんな感じだな」 ハカセは満足したようで、顔が綻んだ。 こういうときは"嬉しい"という感情になるそうだ。だから多分ハカセは嬉しいのだろう。嬉しい時、ハカセの顔は何時もこうなるからだ。 この事は『ロボット』として造られた時、一番初めに私の頭にインプットされた事だ。 人間の頭の中は一体如何なっているのだろうか。 自然と思ってる事が顔に出てくるらしい。 最初からそう云う風にプログラムされているのだろうか。しかしハカセは違うと云った。 自然に身について行くらしいのだ。 自分で考え、自分で動作を構成し、自然と新しい全身の筋肉の動かし方を創ってゆく。私は、そんな人間の感情が欲しいと思った。 ―――そう云う感情の事を「羨ましい」と云うそうだ。 「ああ、もうこんな時間だ。夕食を作ってくれ。」 ハカセは時計を見てそう云った。 私も壁にかけてある時計を見る。 丁度“七時”を指していた。 「畏まりました」 私は頭を下げ、夕食の支度を始めた。 料理の作り方は造られた時からインプットされていたので教えて貰う必要は無かった。殆どの料理はインプットされており、バランスも直ぐに計算が出来る。味も「ぷろ」の料理人並に美味いそうだ。私には味が良く解らないけれど。 しかしハカセは私の作る料理は美味いと云う。だから私の作る料理が美味しい料理なのだと、私の頭にはインプットされていた。 美味しい基準は私の料理。 料理を作り終えるとハカセのもとへ持って行く。出すと早速ハカセは料理を口に運ぶ。必ず出てくる第一声は「リンの作る料理は美味しいな」。 規則的な言葉に私は何も感じなかった。 しかしこう云う時、人は普通喜ぶものだそうだ。だから私は微笑んで、「有難う御座います」と云う。 これが私の日常。 この世には嬉しい・悲しい・辛い等の言葉が有るそうだが、私はしっかり使えているのだろうか。 本当はただ真似をしているだけで、何も感じてはいないのかもしれない。 この感情が本当の物なのか。 それは私にも、ハカセにも判らない。 「さあ、もう今日は寝よう」 ハカセが私の肩を軽く叩いた。私はハカセの顔を確認すると「はい」と答えた。 夢を見ることも、体力が回復することも無いのに、私は人間と同じ生活を続ける。 [*前へ][次へ#] [戻る] |