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小説
【01】

「あ、唯!やばいよ、高橋めっちゃ怒ってる!」

「うそ!マジで!?」
私は踵と靴の間に指を突っ込んで靴を押し上げた。
……つもりだった。

「え、やだ美奈、どーしよ!靴履けない!」
「もーいいよ履かなくて!いいから早くして!」

バタバタとけたたましい音が廊下に木霊する。
美奈がまた叫んだ。
「もう唯!今日表彰されるんでしょ!?なにやってんのよ」
「だから寝坊したの!」
私の反論に美奈が口を開いた時だった。

「市川唯」
マイクで拡張された校長の声が、私の耳に届く。

――やばい!
私は体育館に飛び込むと慌てて舞台の上に駆け上がった。
頭の禿げ上がった校長が目を丸くして私を見る。

「市川……唯・・さん?」
「はい」
バクバクと脈を打つ心臓を抑えて私は校長に向き直った。
頬に汗が伝うのが分かる。

「第16年度、式典『高校生世界絵コンクール』入賞。市川唯。今回、貴女の『胡蝶』が上記の成績を収めたことをここに賞する」

舞台の下から拍手の音が聞こえる。
私は思いっきり息を吸った。
賞状を受け取る。

「有難うございま……あ?」
ニッコリと微笑んで校長の顔を見た、その時だった。

一瞬、本当に一瞬だけ校長の顔が灰色に見えた。
慌てて瞬きをする。

「どうかしましたか?」
心配そうな校長の声が頭に降りかかる。
私はもう一度校長の顔を見た。
「・・あ、いえ、なんでもないです!」

顔を上げると校長の顔はちゃんとした肌色で。

「そうですか?・・おめでとう、市川さん。」
「有難うございます」
私は今度はちゃんと笑うと舞台から飛び降りた。
美奈が悪戯っぽく手を振る。
「『色の魔術師』、だって?」
「嫌味?」
美奈は小さく祝福の言葉を述べるとちょっと笑った。

――私も笑い返す。



私の名前は市川唯。
美術系の高校に通う高校一年生。

ちまたでは「色の魔術師」とか「金の卵」とか言われてたりする、少しだけ有名な16歳。


――あの頃と今を比べたら今が良いなんていうのは嘘になる。


後悔はしてない。



ただ、

自分の不甲斐なさに胸が苦しい。




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あきゅろす。
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