いばしょ【居場所】
「おい」
片倉小十郎が私の顔を見下げる。
「何やってやがる」
私は不測の事態により、耕された土の上に仰向けで倒れていた。
「大丈夫か?」
「【鍬】とは、重いものですね」
振り上げたとき、重さに引っ張られて後ろにひっくり返ってしまった。
倒れた衝撃で故障していないか全身をスキャンしていく。
「鍬を持ったこともねぇのか」
「ありません」
体に異常は見つからなかった。
私は立ち上がり、着物に付着した土を払った。
「よくそれで畑仕事がしたいなんざ言えたもんだな」
「【したい】ではありません。【記録】です。野菜や農法の違いを【記録】しています」
これは先ほども言った。
その後、片倉小十郎がなぜか【鍬】を渡してきた。
理由尋ねてみたところ、今は耕すことしか仕事がない、だから鍬を渡した、とゆうことだった。
それで、私は僅かな知識を頼りに畑仕事をすることになった。
「もう少し暖かくなったら夏野菜の種を蒔く」
「夏野菜」
「瓜なんかがそうだ。お前はどの辺に畑を持ってんだ?」
「持っていません」
「あぁ、これから買うのか。しっかり作業を覚えてけよ」
「買う予定はありません。しかし、作業は覚えます」
「誰かに教えるのか?」
「はい。教授にデータとして送ります」
「その教授ってのは誰だ?」
「私を造った方です」
「つまり親か。孝行者だな。しかし、畑によっては育ちにくい野菜があるから気をつけろ」
「奥州ではどうなのですか?」
「奥州は何でも実る。ただ、二毛作ができねぇ」
「なるほど」
きっと、現代より気温が低いからだろう。
片倉小十郎は畑のことになると饒舌になった。
私はもう一度【鍬】を振り上げたが、また後ろにひっくり返ってしまった。
「鍬も刃物だぞ、気を付けろ。頭打ってねぇか?」
「これは私には重すぎます」
私には、【鍬】というものに関しての知識は少ない。
しかし、これほど重くはないはずだ。
「それが一番軽いやつだか…平衡感覚の問題じゃねぇか?」
「【鍬】への認識を改めます」
【鍬】
刃物。危険。扱うには平衡感覚が必要。
データを書き換える。
片倉小十郎はこちらをじっと見ている。
「何か?」
「なんでてめぇが真田幸村のとこの忍を知ってんのかと思ってな」
彼は私を見る。
僅かな動作さえも記録しそうな目だった。
「【猿飛佐助】。確認重要人物ではありませんが、一般教養としてインプットされています」
彼は眉をひそめた。
「異国語はわからん」
「失礼しました」
なるほど。
時々見せた彼の不機嫌な顔は、外来語がわからなかったからだったようだ。
「私は【猿飛佐助】を名前だけ知っています」
「あいつは仮にも忍だぞ。どこで知った?」
この質問には困った。
いつ、と聞かれれば、完成したとき、と答えられる。
しかし、どこで、となると正確なところはわからない。
「おそらく、研究所で知ったのでしょう」
「研究所?」
「私が完成した場所です」
彼は更に険しい顔をした。
「そこは、政宗様が…おっしゃっていた、場所か?」
「伊達政宗が、貴方になんと言ったのですか?」
「ずっと、閉じ込められていた、と…」
語弊がある。
「違います。そこにいるのが私にとっては当たり前でした」
「そうか…。そこであの忍のことを知ったのか?」
「はい」
「それはどんなとこだ?」
「いいところだと思います」
私はそう言いながら、再び【鍬】に手を伸ばし、振り上げた。
私の視界すべてに空が広がった。
顔を右にむけると、土が見えた。
さらさらと青い髪が顔に落ちる。
髪を払うと、こちらを呆れたように見ている片倉小十郎て目が合った。
彼は首にかけていた手拭いで汗を拭き取りながら、言った。
「確かにお前は間者ではなさそうだ」
「何度も言いました」
「悪かった」
立てるか?と、手を伸ばす彼。
私はその手をとった。
「そう言えば、伊達政宗が言っていました」
「政宗様、と……もういい」
「私はこの城に居てもいいそうです」
もう聞いた、と彼は苦笑した。
いばしょ【居場所】
それぞれが居るところ。
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