■夕日の向こうに SIDEリカルド
7
久実と別れて日から3ヶ月ほど経ち、W杯予選でポルトガルに一時帰国していたとき、夜間練習を終えた後、携帯に1件の不在着信があることに気が付いた。久実からだ。
20時・・・てことは、日本では朝の4時。
珍しい時間の連絡。何かあったか?
宿泊先に戻ったのが24時前。日本は9時前だろうから、今なら電話しても大丈夫だろう。
そう思い、久実に連絡を入れる。
その久実から、思わぬ事実を告げられた。
〈今ね、マンチェスターのホテルにいるの。〉
・・・なんでこう、タイミングが悪いんだ。
ポルトガルに来てさえなければ、今すぐにでも迎えに行くのに。・・・しかも予選、明日だし。
俺がポルトガルに居ることを告げると、久実は無言になる。なので慌てて、
〈しばらくそっちにいる?俺、明後日には帰るから、それまで待ってて。〉
と付け加えた。
〈うん、おとなしく、帰ってくるの待ってるね。〉
ほっとしたように言う久実の声を聞くと、今すぐにでも抱きしめたい気分に駆られる。
久実には暗くなったら出歩かないことと、人通りの少ないところには近づかないことを念押しする。
俺がいない間に、久実に何かあれば、俺はポルトガルに来たことを後悔するだろうから。
あと少しで、久実をこの手で抱きしめられる。あの笑顔が、イギリスで待っているんだ。
こんなに、人を愛しいと思ったことは無かった。
きっと久実は、マンチェスターに到着して、すぐに連絡をくれたのだろう。着信が1件だけっていうのも、久実らしい。1回だけ連絡を入れて、後おとなしく連絡を待っていたんだ。
絶対に、久実を手放すようなことは、しない。
そう誓って、俺はその日眠りについた。
試合を終えた次の日の朝。リスボン空港から久実に電話を入れる。
〈8時発の飛行機に乗るから、14時ごろにはマンチェスターに着くよ。ホテル、チェックアウトしといて。〉
俺がそう告げると、
〈わかった。〉
と、電話の向こうから、久実の明るい声が聞こえる。
電話を切り、飛行機に乗るために一旦電源を落とす。
その一連の動作を横で見ていたジョアンが、ピューと口笛をならす。
〈最近おとなしいと思ってたけど、ちゃんと続いていたんだ。あの日本人の子と。ええと・・・久実、だっけ?〉
〈なんでわかった?〉
〈顔。フェルがそんな表情してるの見たのって、久実といた時だけだし。〉
ジョアンはそう言って笑う。
そんな表情って・・・何か違うのか?
〈んー・・・他の女の時は、笑顔でも目が笑ってなかったけど、今は優しい目してる。どうした?やっと女遊び卒業したか?〉
ジョアンはそう言って俺をからかうけど・・・やっと卒業って、俺まだ21歳なんだけど。いつから、どれだけ遊んでるんだ?ってなっちゃうだろ。
ジョアンはロンドンに拠点を置くクラブに在籍しているので、リスボンからヒースローまで、帰路は同じ。てことで、機内でも久実のことを散々聞かれ続けた。
あのポルトガルでのパーティーには連れて行ったけど、詳しい紹介もしていないし、その後の関係も、誰にも話してなかった。
久実が日本に帰った日、ヒースロー空港で久実と一緒にいたところは目撃されていたので、パトリシアと喧嘩別れした記事の補足として『次は日本人女性か?』なんてかかれてあったけど。
まぁ。その後の目撃情報がないので(久実は日本にいるので当たり前だが)そのまま、噂は消えてしまった。
〈フェルが他の女行かないなんて、よっぽど久実がよかったんだろうなぁ。〉
ジョアンがしみじみと言う。きっと、大きな勘違いをしているな。
〈いっとくけど、まだ手、出してないぞ。〉
俺が言うと、
〈何?マジで?!〉
そのジョアンの大きな声で、周りの乗客が一斉にこっちを見る。
〈バカ。声がでかいって。〉
俺が小声で言うと、ジョアンは周りの乗客に申し訳なさそうに頭を下げる。
〈手、出してないって、お前が?どうした?本当にたたなくなったのか?〉
ジョアンも、今度は周りに聞こえないように小声で言うが・・・失礼な奴め。
〈あの日の夜、結局一睡もせずに話してた。何か・・・タイミングがつかめなくてさぁー。〉
俺が言うと、ジョアンは笑いながら、
〈昔なら、タイミングなんて関係なく押し倒していたくせに。〉
と言うが、事の半数ぐらいは女がせまってきたのもあるんだって。
〈まあ、でもフェル。〉
ジョアンが言う。
〈お前、それ本気なんだよ。マジで惚れてるんだよ。〉
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