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■夕日の向こうに SIDEリカルド
16
 川面に反射する、オレンジの太陽。そこに掛かる、大きな橋。

 1年前に、この場所で初めて久実を見た。

 久実と出会うまでの俺は、女なんてアクセサリーだと思っていた。自分がよけれは、それでいいと。

 だって、俺に近づいてくる女達は、俺の名声に近づいて来る奴らばっかりだし。

 プロサッカー選手の、リカルド・フェルナンデス。

 女達の目当ては、それだ。

 しかし、久実は俺自身を見てくれた。おれは、そんな久実を決して手離したくないと、悲しませたくないと、心に決めたんだ。

 あの、オレンジ色の光の中で、久実に出会ったのは偶然じゃない。

 だから・・・。

〈久実―!!〉

 橋の上に見える人影に向かって、俺は叫び、駆け寄った。そして、強く抱きしめる。

〈心配したよ、急にいなくなるから。〉

 久実は目からポロポロと涙をこぼしながら、

〈ねぇ・・・本当に私でいいの?〉

と、小さい声で尋ねてくる。

 パトリシアの奴・・・俺と久実がつり合わない・・・とか言ったな、どうせ。

〈・・・久実は、俺がサッカー選手だから結婚するの?〉

 俺がちょっと低い声で言うと、久実は慌てて首を横に振る

〈だろ?俺だって、そんな久実だから好きになったんだよ。さあ、帰ろう。みんなも心配してる。携帯は部屋に置きっぱなしだし、行き先もわからないって。〉

 そう言って久実を促し、歩き始めようとしたそのとき、川面に映る夕日が目に入った。

〈ちょうど1年前だよな、ここで久実に会ったのは。〉

 俺はそう呟いた。

 1年前のあの時、思わず久実に声をかけた。それがきっかけで、今ここで、こうして2人でいる。

 これは偶然じゃなくて、運命なんだ。

 あの夕日の向こうに、明日がある。明日は大切な結婚式。俺達2人の、新しい人生が始まる大切な式だ。

〈そんな大切なイベントを、久実は真っ赤な目で迎えるのかい?〉

 俺がそう言うと、久実は俺にぎゅっと抱きついて、

〈ごめんね。もう泣かないし、迷ったりしないから。〉

目には涙を浮かべたままだったが、しっかりと俺を見て、言った。

 久実がそう言うなら、、俺は久実が泣かないよう、迷わないように、全力で守る。

 俺はオレンジ色の光の中で、久実を抱きしめ、口づけた。



 結婚式を挙げる教会。控え室には、俺とジョアンだけ。

〈久実に会いに行ったら、姉ちゃんに追い返された。〉

 と、俺は愚痴をこぼす。

〈まあまあ、後でちゃんと会えるんだし。これからずっと一緒にいるんだろ?そんなにガツガツするなよ。〉

 ジョアンはあきれた顔で言う。そして、

〈でも・・・お前も変わったよなぁ、・・・まさかこんなに早く結婚するなんて。1年前は想像もしてなかったよ。〉

そう続けた。

 ・・・確かに・・・1年前の俺とは別人かもしれない。

 でもそれは、本当に大切な人に出会ってなかっただけで、今の俺は、ごく自然体だ。

 多分、今の俺が、本当の俺なんだ。

〈のろけるねぇ・・・。悔しいから、リカルドより先に、久実のウエディングドレス姿、見てこよーっと。〉

 ジョアンはそう言って立ち上がる。

〈ちょっとまて!ずるいぞ!!〉

 俺がそう言うのも無視して、手をヒラヒラさせながらジョアンは部屋から出て行った。



 結局、久実には会えないまま、俺は式場の中にいる。

 教会の中に、おごそかな音楽が流れ出し、ざわざわしていた列席者達も静かになる。

 俺も祭壇の前に立ち、久実が入ってくるのを待つ。

 あの、入り口の扉が開けば、久実が現れる。真っ直ぐ続くバージンロードを歩いて、俺のところまでやってくるんだ。

 その瞬間が待ち遠しくて、ドキドキする。

 扉が開くと、その向こうから太陽の光が差し込んでくる。その光の中に、久実の姿。

 逆光で、シルエットのみって・・・いつまでもったいぶるんだよ。

 俺はそう思いながら、一歩づつ近づいてくる久実を待つ。

 胸の鼓動は早くなるばかりで、いっこうに治まらない。

 あと少しで、久実は俺のものになるんだ。所有物みたいに言ってるかもしれないけど、他の奴には絶対、渡したくないから、だから俺だけの久実でいて欲しい。

 久実の手をとって、あらためて久実のウエディングドレス姿をまじまじと見る。

 ・・・久実のこと、世界中に自慢したいけど、誰の目にも触れさせたくない。俺以外の奴に見せるのは、もったいない。

 いつも可愛いんだけど、今日は更に綺麗だ。・・・のろけてるって言われるかもしれないけど。

 ・・・でも、この姿を生で見ることが出来るのって、今日だけなんだよなぁ・・・。

 そう考えると、久実から目を離すのはもったいない。

〈・・・あの・・・2人とも・・・こちらを向いていただけますか?〉

 神父の声で、われに返る。

 教会内にクスクスという笑い声が起こったのはご愛嬌。
 


 厳かな式が終わり、教会を出てフラワーシャワーの中を2人で歩く。

 俺の隣を歩く久実は、あのやわらかい笑顔。

 この笑顔を、手離しはしない。

 この笑顔を、泣かせるようなことはしない。

 俺は、西の空にかかる夕日に、そう誓った。


  END

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