■夕日の向こうに SIDEリカルド
15
・・・だけど。
悔しいことに、決勝戦まで行ったのに、優勝は出来なかった。
『優勝してから、結婚式』そう久実と約束してたのに。
久実に、2重の喜びを与えることは出来なかった。
もちろん、久実はそれを責めることはないけれど。
未熟な俺は、感情のコントロールを上手く出来ず、久実の顔を見ただけで、涙が出てしまう。
そんな俺を、小さい体で久実は抱きしめてくれる。
“ありがとう。とても素敵だったよ。”
そう言いながら、手を伸ばして俺の頭を撫でる。目には涙を浮かべているが、優しい笑顔で。
小さい久実が、とても大きく感じる。
俺の全てを包み込むような優しさと温かさ。そして、その存在感。
“急に気持ちを切り替えろっていうのは、ムリよね。今日はヘコんでてもいいから、明日は笑ってね、約束よ。”
そう優しく囁いてくれる久実を、俺は強く抱きしめた。
久実との約束を違えぬよう、笑顔でポルトガルへ帰国する。
優勝を逃した俺達を、ポルトガルの人たちは暖かい笑顔で迎えてくれた。
しばらくの間リスボンに滞在して、TV出演や、雑誌の取材などの日程をこなす。
リスボン最終日は、夕方には日本から久実の家族もやってくるので、この日だけは昼過ぎにはホテルに帰れるよう予定を組んである。
今から戻る・・・と言おうと、久実の携帯に電話をかけるが、出ない。
不在着信に気づいた久実が、そのうち掛け直してくるだろう・・・と思っていたが、ホテルに到着する40分の間、久実からの連絡はない。
フロントに確認すると、久実はフロントに鍵を預け、外に出たという。
もしかして、携帯を忘れて出かけてしまったのか?と思い、部屋へ入ると、確かにテーブルの上に携帯が置いてある。・・・バックも。
バックの中には財布も残っている。てことは、久実は何も持たず出かけたことになる。
久実の携帯には、俺と、その後に雅恵、2件の不在着信があるだけ。
俺は久実の携帯から、雅恵に連絡する。
〈久実、ゴメンね、忙しかった?〉
電話の向こうの雅恵は、普段と変わりがない。
〈すいません、リカルドです。久実が携帯を置いたまま、どこかへ出かけたみたいで・・・。〉
〈そうなの?てっきり空港に迎えに行ってるのかと思ってた。もうすぐ着く頃でしょ?久実の家族。〉
〈それが、財布も何も持たずに出たみたいで。〉
俺がそう答えると、とたんに雅恵の声のトーンが変わる。
〈それはおかしいわ。何も持たずにそんなに遠くに行くことは考えられない。それに、もう空港に向かってないとおかしい時間よ。〉
・・・久実に何があった?
〈私、今から空港に向かうから、リカルドは久実を探して。何かわかったら連絡頂戴ね。〉
雅恵はそう言って電話を切る。
俺は久実の携帯を持って、フロントに向かう。
〈庄田様なら、女性の方と庭園でお話されているようでした。〉
フロントで、久実から鍵を預かったという従業員は言う。
女性?
〈庄田様は戻られませんでしたが、その方はすぐに戻られたので、まだホテルにいらっしゃるとは思いますが・・・。〉
困ったように言うその従業員は、俺の背後を見て、小さく『あっ』と呟いた。
〈お久しぶり。〉
背後から聞こえたその声に振り向くと、そこにいたのはパトリシア。
・・・1年前に別れた、前の女。
何で、こいつがこんな所に。
・・・まさか、久実が話していた相手って・・・?
〈ねえ、リカルド。あなた本気で結婚するの?あの日本人と。〉
〈・・・パトリシア、久実に何を言った?〉
パトリシアはそれには答えず、俺の隣へ来て腕を絡める。
〈ね、また私と付き合わない?これからリカルドも、どんどん表舞台に出るでしょ?だと、私との方が絵になるじゃない。〉
俺は、そのパトリシアの腕を振り解き、
〈そんなことはないね。〉
パトリシアに向かって言う。
〈俺にとって、久実は飾りじゃないんだ。俺達はお互いを必要としている。誰にもそれを邪魔することは出来ないんだ。〉
〈・・・それ、本気なの?あなた程の人が、あんな人。もったいない。〉
〈・・・確かに、もったいないかもな。あんないい女性は、俺にはもったいないよ。〉
俺が言うと、パトリシアの顔が引きつる。
〈俺にとって、久実以外の女は、考えられない。〉
そうきっぱり言い切った俺に対してパトリシアは、
〈・・・つまらない男になったわね、リカルド。私を振ったこと、後悔したって知らないから。・・・あの日本人のお嬢さんなら、ホテルの外へふらふらと歩いて行ったわよ。〉
相変わらずの強気な態度だが、久実の足取りを教えてくれたあたりは、ちょっと可愛げがある。
〈ありがとう。じゃ、俺は久実を探しに行くから。〉
俺はそう言ってパトリシアと別れ、ホテルを後にする。
手ぶらで、ふらふら出て行ったとなると、そんなに遠くへは行ってないと思う。
ただ、久実自身、リスボンはまだ2回目で、どこへ行くとか見当はつかないはず。てことは、多分、無意識に足が向かうところ。
・・・歩いて行くには少々距離があるが・・・。
俺は、ある場所に向かって走った。オレンジ色の光に包まれた街中を。
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